第55回 嬉しくも寂しい
2019年3月6日 自宅への道
心拍数と足腰が歩けるまでに回復するのに、1時間かかった。杖のありがたさが、身にしみた。
使っている最中は無いと困るのに、邪魔だな、重いな、引っかかるな、とお世話になっている杖への不満を隠しきれなかった。周りを見渡せば、ほとんどの人が二本の足で歩いている。「どうして、自分は健康じゃないんだろう」うらやんだって、何も変わらない。むしろ、状況は悪化する。わかっていても、嘆きを抑えきれなかった。
杖を手放した今、思う。助けてくれていたのに、愚痴ばかり言ってごめんなさい。フラフラの体でも外出できたのは、杖のおかげだ。手を滑らせて倒したり、ふらつく足で蹴飛ばしてしまったこともあった。それでも、最後まで壊れずに支えてくれて、ありがとう。杖よ。
無くてはならないものほど、適当に扱うどころか、邪魔に思う。これは家族や友人、仕事関係でもよくある。「ほっといてくれ」と気づかいを面倒に思う。当たり前だと、勘違いする。失ってはじめて、尊いものだったと気づく。杖は、自分の我儘な心を教えてくれた。
もうすぐ、家にたどり着く。杖との生活が終わる。とても嬉しいが、どこか寂しい。この気持ちは卒業を迎えた日に、湧き起こる感情に近い。そうか、今日は杖からの卒業の日だったのか。どれだけ大変でも、杖の助けを借りずに、これからは歩くのだ。
杖よ、さようなら。
そして、ありがとうございました。
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