歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

『病院スクランブル』 「大丈夫」は届くのか?

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『病院スクランブル』 「大丈夫」は届くのか?

 

2019年3月15日 自宅

 

昨日に引き続き、体調が悪い。だが、熱は多少下がっている。ネットで文章を読むぐらいなら、なんとかなりそうだ。いろんな人の想いがこもった、文章を読んでいく。強く心を打たれた話は、コメント付きでツイッターで紹介する。多くの人に読んでほしいからだ。

 

ある文章が、水に落ちた小石のごとく心に響いた。周りの人たちのことばで、頑張れた話だった。どん底から立ち上がれた喜びと、支えてくれた人たちへの感謝がつまった、温かいことばが踊っていた。私は母に投げかけたことばを、思い出していた。

 

「大丈夫だよ」

 

子供の頃の、私の口癖だ。

 

母は張りつめた糸のように、心が繊細な人だった。

繊細で優しい心と反比例するかのように、キリッとした気の強そうな顔立ちだった。頭も良くて鋭い人だったのに、情にほだされ助けて、よく恩を仇で返されていた。嫌味もよく言われていた。そのたびに平気なふりして強がり、強がりきれずにお酒に逃げた。そして深酔いしてて、問題を起こす。そんな自分を許せず、自分を責め心と体を壊す、悪循環だった。見た目と心が、合っていない人だった。

 

問題が起きるたび、私は頭を下げて回った。「ごめんなさい」「迷惑をかけて、申し訳ございません」「救急車を呼んでください」それも、母には辛かったのであろう。シラフのときも、酔っ払っているときも、よく謝られた。私は毎回、笑顔で「大丈夫だよ」と返していた。

 

子供の「大丈夫」なんて、弱いものだ。その時、大人だったら、母の支えになれたのに。

 

15歳で母を亡くしてから、20年以上たった今でも思う。「大丈夫」と思えるほど、あのときの私が強かったら、母は今でも生きていてくれたのだろうか。

 

答えは、未だでない。




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