歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

『病院スクランブル』 過去に囚われないためには?

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『病院スクランブル』 過去に囚われないためには?

 

2019年3月18日 自宅

 

苦しい場所から脱出し、心身ともに自立できるほど強くなる。それでも、まだ終わりではない。過去の自分の感情を受け入れない限り、どこかで歯車が狂う。

 

どんなトラウマも、目を逸らしている限り、いつかは追いついてくる。今の幸せに集中して、過去のトラウマを見ないふりしても、逃れることはできない。心が先か、身体が先か、両方か。いずれは限界を迎えて、壊れる。

 

私の場合は、身体が弱いことがコンプレックスだ。生まれたときから、体質を理由に諦めたことは何度もある。成長期の栄養不足が、それを悪化させた。元々、強くないのに血管や内臓が未発達になった。疲れやすいのに、治りにくい。代謝能力も低い。食事では必要な栄養がとれず、サプリがなければ動くことも難しい。そして毎日、無理にでも動かなければ、寝たきりに逆戻りだ。

 

身体のコンプレックス以外にも、過去の苦痛が前触れもなく襲ってくる。悲しみ、怒り、絶望、負の感情にのまれそうにもなる。

 

そんな自分を認めたくはなかった。気づく前に仕事に集中したり、本やゲームを楽しんだりして、負の想いを感じることから逃げていた。健康で、トラウマになる過去なんて無い、ごく普通の人として振る舞っていた。理想の自分を演じ続けた。

 

その結果は、寝たきり5年だった。

 

刀剣乱舞が大好きになり、寝たきりから歩けるようになっても、体調は安定しなかった。改善に向かいだしたのは、憎しみを抱えた自分を、心身ともに弱い自分を受け入れてからだ。

 

私は、私にしかなれない。

傷ついた心と身体を抱えて、生きるしかない。

 

弱い自分を、そのまま受け入れた。すると不思議な事に、発作のように起こっていた死にたくなる日が減った。体中の痛みが、軽くなった。

 

自分の見たくない面を、見つけるのはキツイ。自分自身をありのままに受け入れるのは、憎んでいた相手を許すのと同じか、それ以上に苦しい。だから、自分を受け入れるのは最後の段階なのだ。生きるか死ぬかで大変な時に、自分の弱点を直視なんてしたら、心が壊れる。安全な場所と、心の強さが揃っていないと、逆に怒りや憎しみ、悲しみに囚われる。行き着く先は、自殺か衰弱死か、犯罪である。

 

本音を話せる人がいれば、心強い。友人でも、家族でも、精神科医でも、誰でもいい。話したり、泣くことで救われることもある。

 

悲しみも、怒りも、憎しみも、簡単には消化できない。消えたように感じても、過去に近づけば蘇ってくる。同じ時期、同じような体験、苦しめた人、ダイエット中のお菓子の誘惑のように、強烈に迫ってくる。

 

だからこそ、負の感情に飲まれないためにも、毎日の生活に楽しい時間を組み込んでいる。その毎日の積み重ねが、心のお守りである。

 

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