歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

『病院スクランブル』 家族とも、相性がある

家族とも、相性がある

 

2019年4月3日 自宅

 

父が帰ってきた。今回は1週間ほど滞在するらしい。相変わらず『フーテンの寅さん』のように自由人である。前触れもなく表れて、また旅立っていく。私も自由人なので、人のことは言えないが。こんなところに血のつながりを感じる。

 

「家族なんだから、仲良く」「血がつながっているなら、わかりあえる」家族である前に、ひとりの人間だ。性が合わないタイプは、家族の中にも存在する。親の虐待で子供が複数いるのに、一人だけ扱いが違う。親が虐待の被害者で「長男だけが特別扱いだった」「女姉妹にだけ甘かった」など、過去のトラウマが虐待する対象を選択させることもある。だが大抵は「こいつは、気に食わない」という相性の合わない子供を、感情のごみ箱にする。

 

虐待までいかなくても、近くにいると喧嘩ばかりになる。またはストレスが瞬間湯沸かし器の勢いで、お互いに急上昇する。そんな感情のひずみが、人生トラブル発生時に爆発する。お金が感情を増幅する相続問題なんて、周囲を巻き込んでの大爆発である。表向き仲がよさそうに見えても、内面は違う。

 

無理に仲良くしようとすると、憎悪にまで発展する。生命保険の契約書には親族関係の記載が多い。なぜか。法務省の統計によると、親族間の殺人が全体の半数だ。しかも年々増加傾向だ。1983年には41.3%だったが、2016年は55%である。

 

悲劇を防ぐ方法はひとつである。適度な距離をとることだ。近くにいるとイライラするなら、離れればいい。物理的に離れることが難しいなら、心を離せばいい。あきらめも、人間関係には必要である。

 

私は中学生の頃に、父をあきらめた。娘の食事よりもパチンコを優先する姿に、期待の気持ちなんて砕け散った。だから何か月も音信不通になっても、原因不明の病気で苦しむ娘が見たくないからと家に帰って来なかった時も、気にならなかった。心臓発作で倒れた時は心配した。ペースメーカーのおかげで元気になった時は、ホッとした。父への愛情がないわけでない。だが心のすみっこは、永久凍土のように常に冷えている。ある意味、めったに帰って来ない自由人な父の行動に救われている。ずっと一緒にいたら、冷えた目の自分が心を占めてしまうだろう。普段は電話で話すぐらいが、父と私にとってはベストな距離なのだ。

 

性格が人それぞれである。合う合わないは、生まれた瞬間に決まっている。表面上はともかく、本心からすべての人と仲良くは不可能である。それは、家族も例外ではない。仲良さを演じれば、一時はうまくいく。だが抑え込まれた感情は、いつの日か家族関係にハンマーを振り下ろす。本人たちは堪えきれたとしても、子や孫の世代で粉々になる。そんな悲劇が起こる前に、お互いにとって心地いい距離をとった方がいい。

 

人に間隔の『間』がついて、人間である。ほどいい『間』が無ければ憎しみの獣になる。人間でいたいなら、無理はしないことだ。

 

 

 

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