歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

『病院スクランブル』冷静さの獲得法

冷静さの獲得法

 

2019年4月13日 自宅

 

『泣いている自分を、もう一人の自分が見ている』私の感覚は、どんな時もコレである。怒りの熱が高まっている時も、喜びに心が踊っている時も、生きるのがしんどいなとやる気0の時も、冷静な自分は消えない。画面に流れる動画を観るように、別の次元から眺め続けている。

 

冷静さを身につけるには、3つの段階がある。まずは冷静でないと困ると実感することだ。次に経験を積んで揺れない心を身につける。最後に冷静さと情熱を両立する。

 

「いつから冷めた自分がいたのか?」まったく記憶がない。気づいたら、頭の隅っこに座敷わらしのごとく存在していた。立ち去る気配は欠片もない。言葉を覚える前どころか、脳ができあがった段階でいた可能性もある。だが人格が確定したきっかけは、なんとなくわかっている。大人たちの墓穴の嵐だ。自分の感情に振り回されて、トンデモナイ選択をとり続け、自ら掘った穴に埋もれていく。時には、自分の大切な人たちすら巻き込んで沈んでいった。

 

母は自爆の名人だった。お酒が入ると理性が吹っ飛び、怒ると物をぶん投げた。壊れた目覚まし時計の数は何個か覚えていない。包丁持って飛び出した母を、父と何回止めたかも覚えていない。お酒の飲み過ぎでぶっ倒れた母といっしょに、救急車に乗った回数も覚えていない。幼稚園の頃には、壊れたものを片付けてた記憶がある。「もったいないな」といつも思っていた。10年前に買ったかばんを今でも使っているほど、物を大事にする理由のひとつである。母にもらった神社のはんこは20年物である。

 

人生が破滅する。まだまだ使えるものを壊す。そんな人たちを見続けて、子供心に悟った。「感情に飲まれると、ロクナコトはないんだ」感情を表に出さない子供らしくない子供の誕生である。その結果、貧困とアトピー性皮膚炎と異質さのトリプルコンボで体中字だらけのいじめを食らった。親戚などに「冷たい子」などの陰口の嵐にさらされた。楽ではなかったが、人間の本性を見抜く力と演技力と冷静さは磨かれた。

 

感情の扱いには最後まで、いや、今でも苦戦している。最初は感情を抑えるのが大変だった。アレルギーが酷く、おそらく免疫も当時からおかしかった。なので幼稚園児でも、食べたいものを諦める癖はできていた。それだけ我慢に慣れていても、感情コントロールは難しかった。結果は、感情がわからなくなった。トラブル対処と演技に没頭しすぎたためか、自分の本音が自分でもわからなくなった。周囲の環境に合わせて表情と言葉をつくる、ビッグデータで回答を出すAIのような存在になった。修羅場の連続コンボを乗り越えて命の危機が去っても、感情が戻ってくるのに長くかかった。特に冷静さに最も影響を与える怒りの感情を表に出すのは、今でも苦手である。

 

冷静さも行き過ぎれば、感情をつぶす。感情がつぶされると、やる気どころか本能が薄れていく。食欲すら枯れ果てていく。私は命が消えかけるまで、感情がすり減った。だからこそ気づいた。「感情も本能も暴れ馬のように厄介だが、無くなると人間ではいられなくなるんだ」冷静だけでも、うまくいかない。感情の熱も生きるには不可欠だ。

 

冷たさも、熱さも、人間には必要である。

 

冷静と情熱のあいだ Rosso (角川文庫)

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