歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

『病院スクランブル』多数決の運用法

多数決の運用法

 

2019年4月14日 自宅

 

映画『記者たち』は、米1粒に絵を描くように集団の脆さが映し出されていた。数の暴力につなげる工作がすさまじい。事実を語っても、信用されるとは限らない。世の中の不条理な一面のオンパレードだった。

 

権力、財力、数の暴力、どれかを持っていると、黒も白にしてしまえる。黒が黒である事実は変わらなくても関係ない。「みんな、黒は白だったんだね」となってしまう。黒と呼んでいた頃を知らない世代は、黒を白だと信じてしまう。そして利害関係者が少なくなり証拠が発見されたときのみ、黒は黒という事実が認められる。ネットが普及した今でも、この流れは変わらない。変わったのは、証拠が出て来る早さぐらいだ。

 

3つの力のうち、多くの人が関われるのは数の暴力だ。そして数が多ければ、権力も財力もひっくり返せる。だからこそ、世界中の多くの組織では多数決が採用さている。

 

けれども、うまくいっていない。実際には、それぞれの持つ情報量も経験に磨かれた判断力も違うからだ。「この意見に賛成すれば得しそう」と思い込ませれば、自分にとって致命傷の提案にもイエスと言ってしまう。そして周りにイエスが多いほど、イエスと言いたくなる。「あの人と同じ意見にした方が立場がよくなる」なんて理由で決める人もいる。

 

多数決で厄介なのは、一度決まるとひっくり返しづらい点だ。「みんなで集まって決めたんだから」「再度決めるには、時間もお金もかかる」失敗を認めたくないがために、損が確定しても方針を変えない。面子にこだる人がいると、命取りになるまで止まらない。時間を浪費する責任押し付け会議だけが、延々を続く。

 

多数決を上手に利用するためには、情報と判断力についての教育は不可欠だ。知識が少なく騙されやすい人がほとんどの多数決は、悪夢の結果しか出ない。悲しいことに年齢と知識量と判断料は、まったく比例しない。

 

試験は満点でも、仕事は0点の人もいる。仕事はできても、自分の興味のあることしか知らない人もいる。60代を過ぎても、小学生以下の知識と判断力しかない人もいる。多数決をする前に「決める人たちが必要な知識を持っているか」「情報を理解する判断力を持っているか」の確認は不可欠だ。足りないなら、補えるよう鍛える必要がある、組織が崩壊する前に。

 

下ごしらえのない料理は美味しくない。

 

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