言動は行ったり来たり
2019年4月20日 自宅
本日参加した2つの勉強会、年齢層はバラバラだ。海外交流の会は20代が多いが、50代の人もいる。文章ゼミは20~50代までがパラパラいる。会話をする時は、それぞれの年代に通じるかどうかを考えながらしゃべる。同年代でも歩んだ道が違うので、背景を会話の流れで分析する。共通点を探すゲームだ。
言動は発しただけでは終わらない。なにを言っても、どう動いても、押したぶんだけ返ってくる。結果が返ってくるのに時間がかかかった場合、押した時の力が倍になって戻ってくることもある。
『因果応報』という言葉がある。悪い意味で使われやすいが、この言葉にいい悪いの意味は含まれていない。「やったことの結果は、必ず返ってくる」と表しているだけだ。裏の意味で「自分の言動には気をつけましょう」を訴えているが。
ツイッターはとてもわかりやすい。自分がなにを投稿しているか、誰をフォローしているかで、色鮮やかな花々のように違いがハッキリ出る。タイムラインやフォロワーさんに自分の行いの結果が出ている。悪口、陰口ばかりのヘドロのようなタイムラインやテロリストみたいなフォロワーさんばかりなのは、誰かのせいではない。自分自身で呼び込んでいる。
実生活でも変わらない。どれだけ明るく、前向きで、楽しい会に参加していても無駄だ。暗く、後ろ向きで、批判ばかりを口にしていれば、同じような人ばかりの集まりに引き寄せられる。そういうドロドロした集まりは詐欺師の宝庫だ。そんな恐ろしい団体に近寄りたくないなら、自分の言動を見直すしかない。
「この文章を投稿することで、どんな結果がほしいのか?」
「この行動に、私はなにを望んでいるのか?」
ポイントは『予想通りの結果は返ってこない』と覚悟しておくことだ。いい結果も悪い結果も、予想のだいたいナナメ方向に出る。それでも予想する意味はある。予想をしていないと、言動の影響をチェックできないからだ。できたとしても、時間も労力も消費する。素早くチェックできれば、悪い結果が起こっても即対処ができる。いい結果なら、さらに良くなる動きをとれる。結果をコントロールできなくても、自分の言動はコントロールできる。
受け取りやすいボールを投げても、キャッチボールが続くとは限らない。
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