歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【病院スクランブル】どんな学歴もカードになる

どんな学歴もカードになる

 

2019年4月24日 自宅

 

私は1999年4月に高校を卒業した。大学を卒業した人たちよりも、就職では不利だった。けれども、会社の中に入ってしまえば話が違ってくる。学歴が高くないと、褒められやすいのだ。焼肉店に勤めているとき、お客さんに「(医)が医療法人ってわかるなんて、かしこいね。大学生?」「高卒、それはすごい」なぜか、驚かれた。こちらがびっくりだ。最近の大学生はどうなっているんだと、褒められた喜びよりも不安が勝った。そして、ご年配な思考をしてしまった自分に落ち込んだ。

 

人生はカードゲームに近い。生まれ、身体能力、知識など、現在持っているカードを使って競い合う。違いはカードの種類が、ゲーム中に増えていくことだ。持つ枚数に制限もない。学歴もカードのひとつである。このゲームの面白い所は、強いカードが常に有利ではない点だ。

 

高学歴の人は信用されやすい。プロフィールに書くだけで、履歴書を読まれる確率が上がり、会社の中でも出世しやすい。出版されている書籍を見れば、疑う余地はない。『東大生~』『京大生~』『~大学』ではじまる本が、日本中にあふれている。高学歴の人は、能力が高く信頼できるイメージに包まれている。

 

低学歴最大の課題は、いかに人格と能力を証明するかだ。高学歴の人以上に礼儀正しく振る舞うか能力を示さないと、感情のゴミ箱な立場に置かれる場合がある。学歴コンプレックな人が上司だと面倒だ。こちらのダメなところを探ってくる。弱みを見つけることで「学歴で判断している自分は正しい」という証明がほしいのだ。不思議なのは、本人の学歴は関係ない。高学歴でも低学歴でも、学歴コンプレックスな人は存在した。自分をたな上げ人は、どんな場所にもいる。

 

逆に言えば、人間観察には最適な立場である。おかげで人を見抜く目は鍛えられた。『嫌味や悪口は、口を開いた人間の弱点そのものだ』これも学歴コンプレックス上司の言動で学んだ。学ぶ楽しみを知らない人が学歴にこだわるのだと、確信できた。

 

学歴が低い場合、高確率でハードモードのスタートだ。けれども、途中からはひっくり返る。少し成果を上げただけでも認められやすい。できるオーラがないことで実績をありのままに、時にはかさ上げして評価されるのだ。ここで立場が逆転する。

 

高学歴の人が失敗した場合、周りの目は厳しい。できるはずだという期待が、そのまま失望に変わる。特に東大の人は厳しい立場に置かれやすい。「東大出身が京大出身よりノーベル賞が少ないのは、失敗が許されないからだ」こんなふうに、語った人もいる。学歴が自分より低い人間が先に出世して、自殺する人もいる。「失敗経験がないから、挫折に弱い」よく言われる話だが、現実はもっと過酷だ。職場も、家族も、友人も、羨望から侮蔑の眼に変わる。これまでとは扱われ方が180°変わってしまう。失望の眼が生きている限り、ずっと続くと感じるのだ。心が壊れてしまっても無理はない。

 

人生は長い。しかも今の世の中は、変化は激しい。昭和の時代のように、いい大学やいい職場に入れたから一生安泰なんて言えない。自分の持っているカードの価値は、常に移り変わっている。どのカードが有利か不利かよりも、どんなタイミングでどのカードを使うかの方がもっと重要だ。そして、人格といくつかの能力の組み合わせ方は無限にある。足りないならば、カードを増やせばいいだけだ。大事なのは戦略と判断力、あとは運の女神にお任せするだけだ。学歴はカードの1枚に過ぎない。

 

エースのワンペアよりも、3のスリーカードの方が強い。

 

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