歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【病院スクランブル】パチンコと免停の共通点

パチンコと免停の共通点

 

2019年5月13日 某所

 

ある勉強会に参加中だ。車関連だったので、ほとんどの人が普通免許を持っていた。私は所持していないが、聞き役モードなので問題はない。雑談の最中に、ある言葉がこぼれた。免停、自動車を運転する資格を一時的に失う。そんな経験をした人が5人ほどいた。詳しい内容が気になるが、ツンツンするにはデリケートな話題だ。話が盛り上がらないかと、期待に胸をうずかせるしかなかった。

 

人間には、一貫性を持ちたがる習性がある。同じ行動を繰り返す。一度信じたモノは、まず疑わない。この性質はとても強力だ。良い面だけに発揮される、なんてことはない。スリルや欲とひっつくと厄介ごとの種になる。

 

”こりない人”は、いい意味では使われない。一貫性の困った点が現れたパターンだ。成功体験が頭にこびりつき、次も同じやり方でうまくいくと期待する。「前回は大丈夫だったんだから、今回もイケる」数回は乗り越えられることはあっても、いつかは沈む。

 

免停になる人は運転がうまい。だが、注意力は低い。反省の気持ちもあまりない。違反の回数が多いか、事故や100キロ以上のスピード出しすぎなどの重大な違反で免停になっている。

 

「あれは運が悪かった」

「パトカーがいたのは予想外」

「運送業をしていれば、いつかは免停になる」

 

自分が悪かった。なんてセリフは一度もでなかった。その言葉を告げた人は、何度も免停になっている人だった。ふいに父が思い浮かんだ。すべてが納得できた。

 

父がパチンコで

負けた時の発言そっくりだ。

 

さらに聞き耳を立てていると、免停経験者5人のうち3人はギャンブルを楽しんでいる。偶然にもパチンコが対象だったらしく、新しいパチンコ台の攻略法について盛り上がっていた。周りのドン引きにも、気づいていない。私は観察中なので止める気はない。3人は30分以上、話し続けていた。この人たちは、また免停になるだろうな。そう思わずに入られないエピソードが山盛りだった。

 

自分の一貫性を守るために、現実をみない人は多い。例えば、賭け事は主催者が儲かるようにできている。つまり、ギャンブルで儲かる確率は限りなく0だ。それでも、万単位のお金を手に入れた体験が足を向かわせる。ビギナーズラックは罠である。最初に収支をプラスにして、長い期間をかけて回収していく。ギャンブルのスリルにハマってくれれば、あとは勝たせなくても破産するまで来てくれる。免停も似た流れだ。「以前、捕まらなかったから」という意識が、次の違反へと誘う。免停になっても、止まらない人は違反を繰り返す。

 

一貫性は、言い換えると習慣だ。エネルギーを節約するために、人は必要な行動を考えなくても繰り返せるようプログラミングされている。ただし、その行いが良いか、悪いかを判断する機能はない。読書や運動の習慣も、ギャンブルや違反の習慣もエネルギー効率で考えれば違いはない。

 

”こりない人”は、こりない生活が楽だとプログラミングされている。改善するのは、とてつもなく難しい。他人がどれだけ説得しても変わらない。なぜならば、本人の一貫性への攻撃だからだ。「賭け事は損するだけだ」「次に違反したら免停になる」という言葉が、相手には『あなたはおかしい。間違いだらけだ』という人格否定に聞こえている。本人が変わろうとしない限り、まず変わらない。世の中にはギャンブルで破産しても、再びギャンブルにハマり2回目の破産をする人もいる。

 

欲とスリルを味方につけた一貫性ほど恐ろしいものはない。悪魔を身の内に飼うようなものだ。抜け出せなくなる前に、自身の言動を見直したい。大悪魔になる前にお祓いして、破滅から遠ざかる。その代わりに、いい習慣を増やす。一貫性は人間の特徴だ。悪魔になるか、天使になるかは自分で決められる。本当は、両方いるのがベストだ。きれいなだけじゃ、生きるのは苦しい。ドロドロだけじゃ、底なし沼から抜け出せない。天秤のように釣り合うぐらいが調度いい。

 

現実主義者だけでは、未来は変わらない。

けれども、理想主義者だけでは実現しない。

 

<<2019年5月14日に続く>>

 

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