歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【病院スクランブル】弱くても、なんとかなる

弱くても、なんとかなる

 

2019年5月19日 自宅

 

本を読んでいて、知らない単語に当たった。パソコンで読み方と意味を調べる。つくづく思う。いい時代になった。高校生の頃までは、本屋まで調べに向かっていた。当時は田舎に住んでおり、近くに図書館がなかった。本を買うお金も無かったので、立ち読みで済ませていた。申し訳ないので、3回に1回は食費を削って本を購入していた。それが今では、時間も体力もお金もかけずに調べられる。技術の進歩バンザイだ。

 

「お金がない」

「体力がない」

「時間がない」

 

なにかを新しく始めようとすると、できない壁にぶつかる。必要なものがすべて揃った状態で挑戦できる人は、まずいない。逆に言えば足りないものがあって当たり前、やらない理由にはならない。

 

自宅でパソコン前に座っている時、つくづく感じることがある。「今の日本に生まれることができて、幸運だったな」と。

 

医療技術の発達する前なら、出産前に母子ともに死んでいる。息をつないだとしても、幼児期に高熱でアウトだ。そして、パソコンが文章をつづることもできなかった。線維筋痛症で関節が痛みやすいので、長文を手書きで書くなんてできない。学生時代も痛みが酷くて、ノートにあまり記入できなかった。教科書へ書きこみやオリジナルの略語で乗り切った。原稿用紙に手書きなんて不可能だ。とどめにインターネットだ。週に1、2回しか外出できればいい方の体力で、足で調査なんて想像することすらできない。2019年の日本に住んでいるおかげで、文章でお金を稼ぐことができている。

 

家族や友人、知人の助けも大きい。家族がいなかったら、ゴミ屋敷生活だ。食事だって、出前かコンビニ食だっただろう。法律や医療、パソコンなどの専門情報も友人、知人に聞けるので困らない。自分ですべて修得しようとしたら、時間もお金もいくらあっても足りない。ヒューマンネットワーク、つまりご縁は何よりもありがたいものだ。

 

私は弱さだらけの人間だ。学歴なし、難病持ち、大金を持っているわけでもない。自分ひとりだったら、ベッドで寝ていることしかできない人間だ。多くの人たちと科学進歩のおかげで人間らしい生活を過ごせている。あきらめなければ、どんなハンデがあってもなんとかなる。必要なのは、感謝の気持ちと「助けて」という勇気だけである。

 

足りないものは、無限にある。

それを補う方法も、無限にある。

 

<<2019年5月20日に続く>>

 

「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか

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