歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【病院スクランブル】憎しみが薄れない時は?

憎しみが薄れない時は?

 

2019年6月27日 自宅

 

「過去にいつまで拘っているのか」

「前を向けばいいのに」

「恨んでも仕方がない」

 

憎悪を抱えた経験がある。だからこそ、わかることもある。未来も、周りもみえない状況を”憎んでいる”と言う。耳に心地いい言葉は何の役にも立たない。たいてい加害者や想像力のない人間が口にするので炎にガソリンである。むしろ憎しみを堪らえようとしていた我慢を消す効果がある。憎しみは触られるほど燃え上がる。

 

自分の幸せなんて考えられない。

将来の望みもない。

ただ、相手が破滅することだけを願う。

 

憎悪を動機に行動する人は、こんな心情だ。思い詰めてしまったら止まるものじゃない。歴史が証明する通り、人間が最も頭を使ってきたのは誰かを害する方法だ。復讐を防ぐのはとても難しい。

 

厄介なことに憎しみに囚われている最中は、よくフラッシュバックが起きる。憎しみの原因となった出来事を何度も繰り返し夢でみる。とてもリアルで映像だけでなく、音も匂いも感触もそのままだ。現実を侵食して覚醒時に幻をみる、そんな場合もある。簡単に忘れられるレベルではない。

 

私が抜け出たのは記憶障害のおかげだ。憎しみに関する記憶がすっぽり抜けた。記憶が抜けていたことも、最近一部の記憶が戻って気づいた。生きるために丸ごと封印したのだろう。

 

つくづく感じた。憎しみは消せるものじゃない。そして、消えもしない。心の表層に浮かび上がらないように、奥深くに沈めておくのが限界だ。相手を許すことは憎まなくなったわけじゃない。憎しみを抱えながら、今を受け入れることだ。

 

憎むというのは、しんどい。楽しくもないし、嬉しくもない。変な人も寄ってきやすい。心身の調子は悪くなる。忘れられればと願うほど頭にこびりつく。自分自身も憎しみの対象になる。悪循環だと自覚しても止められない。

 

憎しみは無理に抑えこもうとするほど蜘蛛の糸のように絡みつく。消そうとする願い、そのものが自身を憎しみに縛りつける枷となる。ならば、どうすれば復讐をせずにいられるか?

 

思考の中心を入れ替える。

 

憎しみを考えている限り、いつまでも離れられない。だから、考える時間を物理的に減らす。食事でも、運動でも、読書でも、対象は問わない。1秒でも憎しみから意識を逸らせるなら十分だ。お酒やギャンブル、薬などは避けたい。憎しみの連鎖という地獄から、依存症の地獄に移るだけだ。私はリストカットと摂食障害、肉体的な苦しみで心をごまかす依存症にはまり込んだことがある。こちらを抜け出た記憶は、未だに少しも戻っていない。

 

憎しみ以外の感情で、憎しみをすみっこに追いやる。すると、時に心が痛むことはあるが、耐えられる範囲に収まるようになる。憎しみは重傷のようなものだ。助かっても傷は残る。それでも充実した日々を過ごしていれば傷があることを忘れる、雨の日に疼くことはあっても。

 

汚れた水に

きれいな水を継ぎ足す。

真水にはならないが

透明には近づく。

沈黙の戦艦(字幕版)

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