歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】できなかったはGiveの種

できなかったはGiveの種

 

2019年7月15日 公園

 

友人と公園で待ち合わせをした。会うのは半年ぶりだ。ちょうど昼前だったので、食事をしながら近況を語り合った。インターネット上とは違い、拡散を気にしなくていいのでオフレコな話題がポンポン飛び出す。食事が終わり、お互いに自然がスキなので公園の散策に向かった。木々の緑が心を緩ませたのか、重い話がドスッと出てきた。友人の表情は笑顔を保っていたが、いつもの明るさがない。聴く8割、話す2割で会話を続けること1時間、やっと本来の輝きに戻った。そのときに言われた。「カウンセラーに向いている」、驚きである。ただ、聴いていただけなのに。

 

「失敗をせず、最初から上手にできればいいのに」

 

修得だけを目標にするなら問題ない。だが、人に伝えられない。すぐにできた人はできない人の気持ちがわかりにくい。修得のつまづきポイントも、引っかからないので気づけない。名コーチと言われる人に天才が少ない理由だ。できないことはマイナスじゃない。

 

私は話すのが苦手だった。生まれたときから母との会話が爆弾処理で、タイミングが悪ければ酒か、包丁か、自殺未遂である。けれども、幼児に心を和ませる発言なんてできない。その結果、相手の反応を観察して話す、可愛げのない子供が誕生した。最も楽だったのがグチを聞くことだ。適度に頷いていれば、爆弾の導火線に火がつくことはない。長い時は4時間以上、延々と暗い話を聞き続けた。この経験が、現在の会話術に活きている。もし話すのが上手だったら、聴くスキルは磨かれなかった。

 

できないままなら、残念ながら使い道はあまりない。失敗談として笑い話に利用するぐらいだ。しかし、できないができなかったに変わった瞬間、輝きを放ちだす。原石が磨かれてお店のショーウィンドウで飾られる宝石になるように、できなかった経験が人の欲しがる能力に変わる。最初からできた人には、一生身につかないスキルだ。上手にできる事と人に教えられる事はイコールではない。できないが原石のままか、宝石になるかは自分次第だ。

 

磨かれない宝石の原石は、ただの石と見分けがつかない。

 

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

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