歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】正しいほど嫌がられる

正しいほど嫌がられる

 

2019年7月27日 ビデオチャット(自宅)

 

「押しつけられた意見は受け入れられない」

 

グループチャットを利用した勉強会で、主催者が発した言葉にグサッときた。自分のダメなところだからだ。弱い立場で修羅場をいくつかくぐった結果、ある特技が身についた。相手が言う前に内容を察してしまうのだ。普段は抑えているのだが、気を抜くと相手の発言の3歩先を言ってしまう。「せっかく、自分が言おうと思っていたのに」と、相手の気分を害してしまう。場合によっては、先回りで相手の意見を潰してしまうこともある。相手からしたら腹が立たしさが収まらないパターンだ。気をつけようと肝に銘じた。

 

人は正論が嫌いだ。特に、自分がしていることを正論で注意されるほどムカつかせる行為はない。正しければ、正しいほど相手の怒りは高まる。もし人が正論が好きならば、ソクラテスは毒杯を仰ぐことはなかった。自身の意見が優勢であっても、言い方とタイミングを間違えると不幸な結果を招く。

 

人間は脳の構造上「自分は正しい」と思うようにできている。そして、自分が正しいと証明してくれる情報を集めたがる。日頃から気をつけていないと、自分の意見はすべて正しい。そう思い込む人格になってしまう。逆に言えば、自分の正しさを否定されると嫌な気分になる。人はそんなふうにできている。

 

考える限り多方面から物事を観ても自分の意見が良さそうだ。そういう有利なときほど、繊細な気づかいが必要だ。『自分の意見が通る』ということは、『誰かの意見は通らなかった』ということだ。退けられた側の感情を逆なでするような言い方をすると、その場は勝利の美酒に酔いしれたとしても、後に苦い水を飲むハメになる。

 

高校時代の話だ。物理の授業で、期末テストの結果が返ってきた。私は2番だった。人をからかうのが好きな男子が、こう言った。

 

「オババ、何点だった?」

「おっ、今回は負けてるじゃん」

 

ムカッとした。ちなみにオババは、所帯臭いからとつけられたアダ名である。イラつきを抑える気は欠片もなく、即座に反撃した。

 

「あんたは何点だったの?」

「......」

「そのセリフは私に勝ってから言えば?」

 

相手は沈黙、私はスッキリした。だが、数週間後にあった調理実習で私は大失敗した。お好み焼きの水加減を間違えたのだ。その失敗をからかうのが好きな男子は見逃さず、いつもの3倍はからかわれた。この時は、私に反論する余地はない。沈黙を保ちながら、なぜこうなったのか考えた。

 

自分の方が低い点数なのに、順位が下がったのをからかった相手が悪い。それ以前に、点数がどうだろうと順位がどうだろうと、人の失点をからかう行為は良くない。理はこちらにある。しかし、私も言い過ぎた。相手が実力で私を抜ける可能性はまずない。しかも、言い合いになったのは他者がいる前だ。当時は『男性の方が理数系が得意』という信仰が強かった。その時のクラスは女子1人、男子4人に男の先生という状況だった。つまり、未成年の男の子のプライドを人前で粉々に粉砕してしまったのだ。そりゃあ、反撃の機会をずっと狙うだろう。正攻法では勝てないのだから。思っていた以上に相手に大ダメージを与えていたのだと、ようやく気づいた。今よりも性格が尖っていたが、流石に深く反省した。

 

例えば法律に則ってこちらが正しい場合でも、相手の感情や立場に配慮しないと恐ろしいほどこじれる。「こっちが正義だ」と意見を一方的に押し通そうとすると、相手は感情的になる。人によっては理性を放り出して、相手を打ち負かすことだけを目的にする。結果、どちらも大きな損害を被っただけという悲惨な結末になる。民事訴訟ではよくある話だ。法律という基準があっても、時間とお金を浪費してもめるのだ。基準が明確でない場合は更にややこしい事態になる。相手の感情に気を配るのは、自分のためだ。

 

自分の発した言葉は、予想外の形で自分に返ってくる。

良くも、悪くも、必ず返ってくる。

 

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