歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】気力の増やし方は体力と同じ

気力の増やし方は体力と同じ

 

2019年8月5日 自宅

 

「もっと動けるようにならないかな」

 

ふと、頭をよぎる瞬間がある。子供の頃から、ずっと抱えている想いだ。よくよく考えれば、この願いは叶っている。周りと比べれば、とても活動的だとは言えない。だが、幼少期に熱にうなされながら願った頃に比べれば、格段にできることが増えている。それなのに、昔を忘れ、周囲と比較して、つい不満を持ってしまう。欲深いな、と自分に呆れた。仕方がないじゃないか。もっと動けるようになれば、読む本の冊数もゲームをする時間も増えるのだから。

 

どれほど身体が健康でも、気力が枯渇寸前だとフラフラで動けない。病気からの回復力やリハビリ、生死の境で生き残れるかは体力だけが問題じゃない。気力も大きく影響する。そして、気力は体力と同じように個人差がある。鍛えることも出来る。

 

気力というのは、究極のところ一言で表せる。

 

『生きたい気持ち』

 

それゆえに、毎日が楽しくなかったり、ツライことが多くなると気力はガンガン削られていく。逆に言えば、明日のイベントが待ち遠しくてたまらないような感覚が増えるほど、気力の残量は増えていく。そして、回復も早い。喜びの感情はゲームでいう回復アイテムのようなものだ。

 

身体を日頃から鍛えている人が病気になりにくいように、気力が減りにくくする方法もある。すごく簡単な話で、筋トレをするように経験を積んで心を鍛えればいい。筋肉は傷ついた所が修復されることで強くなっていく。同じように、様々な経験を積むことで心に耐性をつける。

 

例えば私の場合、父が心臓発作で倒れたときですら心の平静を保てた。なぜか? 

 

『電話で会話中に母親が倒れ、そのまま亡くなった』

 

この経験で、大事な人といつ会えなくなるか分からない。そんな現実を思い知った。同時に、予想外の出来事はどんな時も起こる可能性がある。それも理解した。母を突然なくした15歳のとき以来、冷静さを完全に失ったことは一度もない。「そんなこともあるよね」で終わりだ。パニックになる暇があったら、被害を最小限に食い止めるために動く。父が倒れた時は、即時に運ばれた病院に状況を尋ね、必要な手続きのために役所に向かった。

 

夢も希望もない話だが、心が傷ついてボロボロになる経験ほど心を鍛えるものはない。ひどい経験であるほど、立ち直った後は『あの時よりはマシ』という心のセーフティーネットがはられるので、心のダメージは最小限に抑えられる。筋肉を傷つけずにしっかりとした身体がつくれないように、苦しみを乗り越えた経験もなしに心を鍛えることはできない。

 

ただし、一生のトラウマになりそうな経験を自ら進んでする必要はない。筋肉をつけようと負荷をかけすぎて骨折する人のように、心を壊す可能性が高い。そこまでしなくても、心を鍛える方法はある。

 

心を鍛えることは、言い換えれば自分の心の弱さに打ち勝つことだ。つまり、勉強でも運動でも芸術でも、なんでもいい。「やったほうがいいけれど、続けるのは面倒」という対象を継続するだけでいい。「遊びたい」「怠けたい」「だるい」という心に対抗するだけでも、心は徐々に鍛えられる。「いつもより30分早く起きる」「5分間の運動を毎日行う」なんてレベルでも十分だ。

 

心が鍛えられれば、気力が増えたのと同じ状態になる。なぜならば、心が強くなればストレス耐性も上がるので、気力の減りが少なくなる。これに心が沸き立つイベントを日々の生活に組み込めば、まず気力が尽きることはなくなるだろう。気力さえあれば、大抵のことはなんとかなる。

 

気力がない人はガソリンの入っていない自動車だ。

 

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