歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】映画『人間失格』に創作者の業をみる

映画『人間失格』に創作者の業をみる

 

2019年9月17日 映画館

 

「作家志望なら観ないのはありえない」

 

また映画狂の友人に引っ張られた。今月は4回目、さすがに回数が多すぎる。一度は断ったが、煽り文句に負けてしまった。友人と出会って、10年以上が経っている。もはや言わない言葉も通じる仲だ。こちらの弱点はすでに見抜かれている。私も友人の弱点は見抜いているが、映画に対する熱意には勝てない。ヤレヤレダ。

 

これはひどい。

 

映画『人間失格』のタイトル、そのままに太宰治氏がひどい。さすが「書いた文章よりも人生がすさまじい」と言われるだけある。どう頑張ってもフォローできないほどダメ人間だ。

 

その太宰治氏に深く関わる3人の女性は、逆に漢らしい。それぞれに譲れぬ信念を貫いている。世間に理解されない形やエゴイストとしか言いようがない想いもある。だが、だれにも邪魔させない在り方は美しい。

 

かと言って、「太宰治氏に魅力がない」とは言えない。いい加減で、優柔不断で、我がままだ。付き合う相手としては絶対におすすめできない人物だ。それなのに、3人の女性が惹かれるのに納得ができる。

 

どこまでも純粋

 

人間関係に誠意は欠片もないが、文学には誠実だ。太宰治氏は文学のために生きた人だとつくづく感じた。巻き込まれた人は不憫だが、そんな人生だったからこそ名作が数多く残っている。

 

映画『人間失格』は作家の業を描いた作品だ。これは文学者だけでなく、芸術家などの創作者は少なからず抱えている。創作者の人生は生み出す作品の種だ。良くも悪くも、味わった経験はすべて創作の糧になる。

 

ゆえに、家族はある寂しさ抱える。

『どれほど心を傾けても最愛の存在にはなれない』

 

創作者にとって作品が最も愛する対象だ。自分自身ですら2番手でしかない。太宰治氏のように不幸を選んででも作品のために命を懸ける人もいる。家族は支える存在になれても一番にはなれない。それでも愛してくれる人は少ない。心を病む創作者が多いのも仕方がないことだ。繊細な感性に孤独の風は冷たすぎる。

 

偉大な創作者で家庭円満な人は少ない。晩年が幸福だったとしても幼少期に苦労した人ばかりだ。皮肉なことに、その苦しみが作品の質を上げる。なぜならば、苦しみは人が持つ根源的な悩みだ。描かれる苦悩が深いほど人の心を打つ。絶望を知らずに名作を生みだすことはできない。それどころか世にある名作の本質を理解することもできない。

 

苦悩とエゴを表現するうえで太宰治氏はぴったりの対象だ。太宰治氏の作品は明るい作品であっても、どこかほの暗さがある。世の中を冷徹な眼で観察、周囲に傷つき、自身も傷つけ、それでも文学への純粋な想いを無くさず駆け抜けた。

 

そんなエゴイストの良さも、悪さもこの作品は映し出していた。主人公、太宰治氏が描いた世界と同じく、映画『人間失格』は人の弱さを描いた作品だった。どこまでも魅力的に。

 

強さは憧れは得るが、愛されない。

人は弱さを愛する。

 

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