歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】動じない心は楽しくない

動じない心は楽しくない

 

2019年9月26日 自宅

 

イライラする。なぜか、無性にイライラする。こういう時は細かいことは考えない。ただ、ひたすらに遊ぶ。今日は何をしよう。体調は微妙、外出はアウトだ。ならば、家でできる遊びしかない。ゲーム一択だ。『刀剣乱舞』でマウスをカチカチする。操作していない時間が暇だ。だから、同時に動画も再生する。ゲームプレイと動画視聴のおかげで、寝る頃には精神が穏やかになった。ネル。

 

『常に穏やかで』と心がけても、なかなか難しい。ちょっとしたことが気に障ったり、落ち込んでしまう日もある。そんな自分をダメと感じる。「精神力がないな」とへこむ。そんな必要はないのに。

 

何があっても動じない。

 

動揺しなければ、焦ってミスすることは無くなる。ムカムカ気分にならないので、無駄にストレスをためることもない。良いことづくめにみえる。だが、実際は大きく違う。

 

何かに触れて心が動く、これを感動という。

動かない心は逆だ。

感ずる心が失われている。

 

心が動かなければ怒り、悲しみ、苦しみは薄れる。代わりに喜びも、楽しみもわからなくなる。大好きだったモノに手を伸ばしてもワクワクしない。コンビニのサンドイッチとホテルの一皿2,000円のサンドイッチを食べても、違いを感じなくなる。心が動かなくなると、感情だけでなく五感もあいまいになる。これで、生きてると言えるだろうか?

 

私は未成年の時に、感情が凍りついたことがある。確かに動かない心は楽だった。どれほどひどい目にあっても、何も感じない。常に冷静に判断できるので、20歳以上も目上の相手とも対等に戦えた。修羅場を乗り越えるうえでは、動かない心は利点しかなかった。「冷たい子」と嫌味を言われたぐらいだ。

 

ただ感情が凍っていた間、一度も日常生活で面白いと感じなかった。唯一、楽しいと感じたのは物語の世界だ。現実と空想が入れ替わっていた。現実が偽物で、物語の世界が本物だった。怪我をして血を流しても、生きている実感なんて欠片もなかった。

 

心は面倒なものだ。健康診断でひっかかり「生活を規則正しく」と理性の声が聞こえても、「ダラダラしたい」という本能に負けてしまう。「感情なんて無ければいいのに」、トラウマになるような体験をした人なら一度はよぎる思考だ。けれども、忘れないでほしい。

 

悲しみも苦しみもない世界、

それは喜びも楽しみもない荒れ地のような世界だ。

 

例えば、マッサージをしてもらって気持ちいい。これは痛みを察知できる神経が働いているからこそ、わかる感覚だ。刺激を感じなくなれば、痛みにサヨナラできるが気持ちよさとも永遠にお別れだ。心も同じだ。苦しみがわかる心があるから、喜びを感じられる。心は揺れ動くもの、動きを止めようとすれば生きる意味すら見失う。

 

辛さがわからなければ、甘さもわからない。

 

生き方

生き方

  • 作者:稲盛和夫
  • 出版社/メーカー: サンマーク出版
  • 発売日: 2004/07/22
  • メディア: 単行本
 

 

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