歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】血液検査で正しさに悩む

血液検査で正しさに悩む

 

2019年10月15日 病院

 

「これは厳しいですね」

「一度では採りきれないかも」

 

「「申し訳ありません」」

 

「お気になさらず」

「前と比べれば、痛くないですから」

 

看護師さん達の表情がほーと緩んだ。

 

これは慰めではない。心の底から出た本音だ。締めている部分が変色するほどきつく縛られ、今よりも太い注射針を7度も同じ場所に刺され、あげくに腕に注射針が刺さったまま立ち去られた。そんな経験を持つ私からすれば、最近の血液検査など楽勝でしかない。むしろ、血管の細さと血流の悪さに申し訳なさを感じる。お手間をおかけして、すまない。

 

今日は血液検査の日だ。鉄分やたんぱく質など栄養素が不足しており、免疫の検査も含むため採る血液の量が多い。けれども、副作用のある薬も飲んでいるため、チェック欠かせない。ややこしい身体に合わせた結果が、3か月に1回の血液検査だ。

 

最近の血液検査は本当に楽だ。まず、針が細い。確か開発したのは岡野工業株式会社だったか。目で見てわかるほど、注射跡が違う。もちろん、痛みも減った。治りも早い。開発してくれた岡野さんには感謝の言葉しかない。

 

おまけに注射をさす回数が減った。私は検査項目が免疫の病気だとわかる前から多い。その分、血を抜く量が多い。前は血をためる部分の交換ができなかった。だから、ためる部分がいっぱいになる度に注射器を交換していた。平均で一度につき3回はさし直された。今は血をためる部分だけを入れ替えることができる。注射針を一度さすだけで必要な血を抜きとれるのだ。開発してくださった方に五体投地がしたい。

 

私の血管は細い。新人さんが半泣きになり、ベテランを呼びに向かうほど細い。腕を縛っても血管が見えないので、触ることで血管を確かめて注射針をさす場所を決めるパターンがほとんどだ。新人さんにそんなスキルはない。結果、何度も注射器をさし直される。血液検査後に皮膚が青く変色していたのが当たり前だった。1発で成功した日はラッキーな日だ。

 

一度、注射針を刺されたまま立ち去られたことがある。パニックになった新人さんが注射を抜かずに、助けを求めに向かってしまったのだ。腕に刺さった注射器がぷらーん、ぷらーんと揺れていたのを覚えている。新人さんに連れられてきたベテランの看護師さんは真っ蒼になった。当時、小学生だった相手に平謝りだった。

 

私は本好きだったので知っていた。空気が血管に入ると危険だ。場合によっては死に至る。注射から入る空気程度で死ぬかどうかまでは知らなかった。だが、どう考えても医療ミスである。私はこのミスを付き添いで別室にいた母にも、誰にも言わなかった。

 

看護師さん達がごまかす態度だったら、たぶん口に出していた。血の気を失った新人さんと、子供相手に深く頭を下げたベテランの看護師さんの様子に『軽く考えてない』と感じたので口をつぐんだ。今書いているのは、何十年も前の話だからだ。とっくの昔に時効だ。

 

たまに考える。医療ミスを黙った行為が正しくなかったかもしれない。子供の私は看護師さんの泣きそうな顔にほだされてしまった。それに、罪悪感もあった。

 

私の血管は厄介だ。大人になった今でも医療関係者泣かせ、他の人より時間がかかる。何回も縛り直しても血管が浮き出てこない。なんとか血管に注射針をさせても、血がうまく流れてこない。子供の血管は大人よりも細い。子供の私の血液検査担当はいつも苦労していた。その苦労する姿に申し訳なさを感じていた。とても、相手にさらなる負担をかける発言はできなかった。

 

『注射器が腕にささったまま、子供が一人で放置された』

 

もし私が周囲に訴えていれば、恐らく二人の看護師は首になっていただろう。医療ミスに関わった看護士さんが、医療業界で再び就職するのは厳しい道だ。二人の人生は大きく変わっていただろう。周囲に事実を言った私が恨まれた可能性はある。

 

だが、医療ミスを黙認した結果がいいとは言い切れない。「前回はなんとかなったから」と、また同じミスを起こすかもしれない。その医療ミスがきっかけで誰かが亡くなることもありえる。そうすれば、亡くなった人もその家族も病院も苦難の崖に落ちる。医療ミスを伝えた場合よりも恨まれる相手が増える。私の不幸も増大だ。誰も幸せじゃない結末だ。

 

幸いなことに、その病院が医療ミスで報道されたことはない。世の中には隠ぺいがあるので不幸な事件がなかったとは言い切れない。言ったところで小学生の発言なので、周囲に伝えても信じてもらえなかった可能性も高い。それでも「どちらが正しかったのか?」、ふと考えてしまう。

 

『正しいことをする』

 

言葉でいうのは簡単だが、行うのは難しい。正しさがひとつなら簡単な話だ。だが、現実は違う。見方を変えれば、正しさは数えきれないほどある。できる限り、より良い結末になるだろう行動を選ぶ。個人にできる限界だ。

 

結局、今日の血液検査は注射針を2度さして終了した。無事に終わったのに、看護師さん2人の顔はすぐれない。これはいけない。「いやー、最近の注射は痛くなくて楽です」と過去のおばかエピソードと共に伝えた。2人に笑顔が戻った。お互い笑顔で検査室を後にした。別れは春風のように穏やかでありたい。これが、私の正しさだ。

 

正しさは根拠にならない。

 

カネは後からついてくる!

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  • 作者:岡野 雅行
  • 発売日: 2005/09/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

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