歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】文章力を上げたければ?

文章力を上げたければ?

 

2019年10月16日 自宅

 

「たまらない」

 

イチゴチョコの甘酸っぱい香りと果肉に似せたプチっとした食感、くどすぎない甘みをゆっくり舌で味わう。トロリとした音が今にも響きそうな滑らかな口どけに、手が止まらない。

 

こんな風にお菓子を味わえる日は体調がいい日だ。イチゴチョコを片手にネットを巡る。何も考えずにカチカチしても、自然と文章力についてのページにたどりつく。その中に気になるフレーズを見つけた。

 

『文章がわかりにくい』

『それは五感を使った表現に偏りがあるからだ』

 

心にひっかかりを感じたので、すぐに自分の書いた文章をいくつか読み返した。嫌な予感は正解だった。私の文章は3つの感覚で占められていた。一番多いのが目、次に耳、最後に舌だ。鼻と神経はどこに消えてしまったのか。香りと触れた感覚の表現がほとんどない。

 

感性が鋭い器官は生まれる前に決まっている。ある程度は鍛えることができるが、どこが最も鋭いかは変わらない。

 

ちなみに私は、おかずの汁がついてお米の味が変わるのが嫌いだ。しゃべれるようになる前から嫌がったらしい。混ぜご飯や丼やふりかけは好きなのに、予定していない味移りは顔をぶんぶん振って食べなかった。そう、父から聞いた。トマトもキュウリも味の濃い種の部分を先に食べ、他の部分も残さず食べるが顔はしょんぼりしていたそうだ。生まれついての食道楽である。食べる量が少ないので、財政破綻は起こさずに済んでいる。

 

感覚の鋭さは変えられないが、文章は違う。意識を向ければ、五感を駆使した文章が書けるはずだ。まずは試しと2,000字くらい書いてみた。

 

ダメだった。

 

うまく言葉が出てこない。どうしても見る、聞く、味わうに表現が偏る。なんとか香る、触れる表現をねじ込んでも、どこかぎこちない。言葉に滑らかさも自然さもない。フランス料理の中に和菓子がひとつ鎮座しているような違和感がある。我ながらひどすぎる。どうやら、文章の表現力も感覚の鋭さに比例するようだ。

 

考えてみれば、当たり前の話だ。感じたものしか、言葉にはできない。空想を描いたとしても、その種になるのは実際に味わった感覚だ。感覚が薄いならば、表現した言葉が薄っぺらくなっても不思議じゃない。

 

ならば、改善策はひとつだ。嗅覚と触覚を刺激する経験を積めばいい。幸いなことに、この感覚を磨くのに手間はかからない。食事中にお米のふんわりとした甘さや魚が連れてきた磯のしょっぱい香りを味わえばいい。毛糸のチクチクや絹のすべらかさ、綿のざわっとした肌触りを堪能すればいい。そういえば購入した『刀剣乱舞』のグッズに藤のお香があった。公園に出かけるのもいいだろう。

 

そうして味わった感覚を言葉にすればいい。最初はうまくできないだろうが、毎日続けていれば少しはマシになるだろう。おそらく、視覚に聴覚に味覚ほど表現はうまくはならないだろう。それでも、近づけることはできるはずだ。

 

自分の文章の足りない部分を自覚できた。これだから情報収集はやめられない。気づかせてくれたサイトに感謝だ。そうして気づいた。自分の文章をチェックするためにブラウザを閉じてしまった。

 

どのサイトが『文章力に五感を活かす』と教えてくれたかがわからない。閲覧履歴? 数十件以上巡ったサイト、おまけに各サイトごとに3ページは最低でもチェックしている。この中から2文を見つけ出すのは辛すぎる。 

 

『何かをする前に、まずはブックマーク』

 

結局、どのサイトか見つけ出せなかったが、学びはもうひとつ増えた。おっちょこちょいを改善する方法が切実に知りたい。文章の改善策は見つかりやすいが、性格の改善策は見つかりにくいものだ。

 

改善に終わりはない。

終わったと思った瞬間に、退化が始まっている。

 

日本語練習帳 (岩波新書)

日本語練習帳 (岩波新書)

  • 作者:大野 晋
  • 発売日: 1999/01/20
  • メディア: 新書
 

 

↓ ランキングに参加中です。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村