歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】性別の差に気質は関係なし

性別の差に気質は関係なし

 

2019年10月18日 自宅

 

「男よりも、男らしい」

 

だいぶ昔に感嘆をこめて言われたことがある。必要があれば、一瞬でズバッと決断する思いきりが良いことを褒められた。流血などのトラブル時は女性の方がパニックにならないのを知っている。トラブルを押し付けて逃げ回る男性を知っている。男性に決断力があるイメージは持っていなかった。なので”男らしい”を”漢らしい”と脳内で自動変換して笑顔で称賛を受け取った。

 

”男らしい”は、決断力や頼もしさのイメージがある。”女らしい”は穏やかさや包容力のイメージがある。この2つの言葉は、ビジネスマンがビジネスパーソンとなったように使われなくなる言葉だろう。

 

だいたい、性格を男女で表すのがナンセンスだ。女子力なんて言うが、「繊細さやたおやかさで足元にも及ばない」としみじみ感じる男性はいくらでもいる。50代の上司が香道を習っており、京都で購入した匂い袋を持ち歩いていると知った時は「この繊細は一生超えられない」と身にしみて感じた。私がガサツだからかもしれないが。

 

私の幼稚園の頃に大好きだった遊びは、昆虫や草花の観察に砂遊びだった。室内での遊びも読書にパズルやブロック、おまけに目覚まし時計の分解だ。おかげで、いつも男の子と混じって遊んでいた。この傾向は高校時代まで変わらなかった。女友達よりも男友達が少ない年代は一度もない。

 

団体行動も好きじゃなかった。当時の女子と言えば遊ぶのもいっしょ、トイレに行くのもいっしょ、それに引き換え私は単独行動派だ。なぜ好きでもないものに付き合い、行く必要のないタイミングでトイレに行かなければいけないのか? 私には理解できなかった。今考えると、いじめられた原因の一端はここにもあったのだろう。

 

30年以上前は今以上に同調圧力が強かった。男らしさ、女らしさへの周囲のこだわりも強かった。私は一人の時間を楽しめるタイプだ。学校でいじめられても、親せきに嫌味を言われても受け流せる精神だった。家では人生トラブルの嵐だったので、たとえ流血しようとハッと鼻で笑うレベルだ。限られた時間の攻撃なんぞ微風でしかない。おかげで立派な変人が誕生した。

 

だが、ほとんどの人は違った。いじめられたり、仲間外れにされたりする。両親にも叱られる。そうして自分を押し殺してしまう人がほとんどだった。あきらめたように笑う姿がいくらでも思い出せる。

 

だが、人間はたくましい。周りに隠れてこっそり、自分の趣味に突き進む人もたくさんいた。「最近は男らしさ、女らしさが崩れている」なんて嘆く人に伝えたい。別に昔から変わっていない。ただ、隠す必要が無くなっただけだ。

 

生まれ持った好みは気質だ。これは一生変わらない。どんな考え方や行動をするかは自分で決められるが、何かに出会った瞬間にどう感じるかは自然に決まる。無理に変えようとすれば、自分が苦しむハメになる。

 

個性の発揮は、実は簡単だ。自分の感情をありのままに受け入れて、世の中に発信するだけだ。個性に良い、悪いはない。発信の仕方がうまいか、下手かの違いでしかない。上手に個性を発信できれば、喜びの声が届く。私のように「ギャー、蛾だ。あなたは平気だよね。頼む、追い出してくれ」と男性に助けを求められる未来が待っているかもしれないが。

 

夫婦の片方が亡くなった場合、

10年後の生存率は

男性は低く、女性は高い。

 

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