歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】大丈夫という罠

大丈夫という罠

 

2019年11月9日 自宅

 

「きっと大丈夫さ」

 

映画でこのセリフが出たら、発言した登場人物は死ぬと判断する。

 

”大丈夫”、これほど逆の意味で使われている言葉はない。「大丈夫か?」と誰かに尋ねるとき、相手が『しんどそうだ』と思っている。「大丈夫だよ!」と応えるとき、自分でも『危ないかも』と思っている。どちらの場合も、本心は逆である。

 

世間で大丈夫と広く宣伝されるとき、たいていは問題しかない。本当に大丈夫な時は話題にすらならない。不安が高まっているから、「大丈夫」と叫んでいる。

 

自分を力づけるために「大丈夫、大丈夫」と唱えるのも危ない。不安を一時的に冷凍できても、解凍時にとんでもないことになる。傷む寸前に慌てて冷凍庫に突っ込んだ食材のように、冷凍前よりもひどい有様になってる。

 

だいたい不安は受け入れるもので、打ち消すものでも、閉じ込めるものでもない。変に閉じ込めると、電子レンジで穴を開けずに入れた生卵を温めた時のようにいつか大爆発する。卵は食べられないし、電子レンジ内の掃除は大変だ。運が悪いと、電子レンジが壊れる。

 

「とても病気持ちに見えない」

 

雰囲気が明るくて、パワーがあるとよく言われる。どうも病人は暗いというイメージがあるようだ。不安を何も感じていない、能天気な生き物に見えるらしい。

 

『不安がない?』、そんなはずがあるか。

むしろ、不安だらけと言っていい。

 

まず、私は免疫が弱い。それなのに、はしか・風疹・おたふく風邪にかかっていない。おまけに、貧弱すぎてワクチンが打てない。私にとって、病院はロシアンルーレットだ。今のところ、連勝中だ。しかし、家族がもらってきたウイルスで風邪をひく。ウイルスをつけてきた家族はピンピンしているのに。理不尽が極まっている。

 

だから、人混みは最大限に避ける。ハンカチを持ち歩いて、トイレなどの手洗い場に設置されているジェットタオルには近づかない。一年中、空気清浄機はフル活動だ。除湿器と加湿器のどちらかが常に稼働している。手洗い、うがいを忘れる? アリエナイ。

 

ひんぱんに体調を崩すので、生活必需品は大目に買う。日持ちするものなら、3~6か月は備蓄されている。外出どころか、玄関で宅急便を受け取れない時もある。「足りなければ、買いに出かければいい」という希望的観測は欠片も持てない。銀行にも気軽に行けないので、お金のおろし忘れは死活問題だ。

 

もちろん、外出中も油断できない。いつ意識が飛んだり、身体から力が抜けるか。全く予測がない。だから、車道から離れて歩く。階段は手すりを使って移動する。手が汚れる? 白の布手袋を数十枚ほど常備しているので、何も問題はない。救急車で運ばれたときのために、病院の診察券や常備薬、現金もしっかり持ち歩く。

 

不安におびえていたら、私は部屋から一歩も出られない。いや、部屋だって安心できない。ふらついて壁に激突する。激痛で寝たきりに戻る。咳で血を吐く。呼吸困難や胸の苦しさで息の根が止まる。不安になる要素しかない。

 

不安にとらわれたら、私はビクビクするだけの生き物になる。けれども、何も対策をしなければ入院コースだ。どちらのパターンもお断りだ。だから、できる限りの対策をして後は人生に身を任せる。自分ではどうしようもないことは、悩むだけ損である。

 

悩もうと、悩むまいと、事実は変わらない。それならば、できるだけ楽しく過ごしたい。そのために必要なのが、不安を受け入れる姿勢だ。「大丈夫」という言葉で逃げている限り、心の平安は訪れない。

 

平穏な人生が過ごせるかは、誰にもわからない。

だが、何があっても平穏でいられる心は

誰でも手に入れることができる。

 

 

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