歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】亡くす前の準備

亡くす前の準備

 

2020年1月6日 産婦人科

 

「おそらく、もう」

 

はい、わかっていたよ。

 

 

 今日は子宮の検診の日だ。痛みは日に日にひどくなる。大丈夫と言ったのに、パートナーがついてきた。心臓病持ちをあまり病院に連れ出したくないのだが。途中で倒れたら対処できるのか、と一歩も引かない。私にできることは、病院内の喫茶店に置き去りにするぐらいだ。

 

医師といっしょに子宮内の状態をみた。

まったく、胎児の姿が見えない。

 

黒い穴がぽつんと、ひとつ空いているだけだ。 

 妊娠して6週目を過ぎるのに。

 

どう考えても異常である。医師の口からも、8割がた流産だろうと告げられた。おまけに、全身麻酔の手術が必要だと言われた。自然流産ができない可能性が高いらしい。このままだと体に悪いから処置が必要だ、と。

 

お腹の子の命を絶つ、

その決断すらしなきゃいけないのか。

 

そんな決断はしたくない。だが、育っていないということは栄養不足だ。栄養失調のままで生きている。お腹の中とはいえ、苦しくないはずがない。成長期に満足にご飯を食べられなかった。あのひもじい思いを味あわせ続ける選択はできない。もう、選ぶべき答えはわかっている。

 

「一週間、粘ってもいいですか?」

「かまいませんよ」

 

思っていた言葉とは、別の言葉が口から飛び出していた。

 

正しい行動を選ぶのは難しい。

無駄とわかっていても選んでしまう。

 

私は、どうしようもなく愚かだ。

 

とっさの一言とはいえ、医師に受け入れられたからには決定事項だ。手術になった場合の準備を大まかに教えてもらって、診察室を後にした。

 

さて、パートナーにどう説明しよう?

 

今回は歩きながら考えるような時間的な余裕はない。「流産がほぼ確定なのよ。おまけに全身麻酔で手術だって、日帰り入院の準備もいるんだ」、こんな直球で伝えたら、そのまま循環器内科に運ばれてしまう。病院内だから救急車いらずだ、なんて思いついている場合じゃない。

 

こういう時は思考を返還する。今回の利点は、お腹の子と過ごす時間が1週間できたことである。この時間を1秒も無駄にするつもりはない。落ち込むことは後からでもできる。

 

そうだ、解禁だ。

 

子の成長に悪いからと避けていた、美味しものをいろいろ食べよう。魚介類に、甘いお菓子に、かおり高いお茶など候補はいくらでも出てくる。さすがにお酒は飲まないが。この世にいられる時間においしさと楽しさを味わってもらおう。まだ舌はない? そういう細かいことは気にしない。気持ちの問題である。だいたい、母体が暗い気分で沈んでいるよりは、陽気な方が多少は過ごしやすいだろう。まだ体の中でつながっているのだから。

 

そうと決まれば、のんびりしちゃいられない。

パートナーに手短に事実を伝えて、寿司でも食べに向かうか。

 

その後、パートナーに落ち込む余裕を与えず寿司屋に連れこんだ。私は飲まないが、パートナーにはお酒を突っこんだ。いい具合に感情のフタが外れたようで、ブチブチとグチを言い始めた。うん、安心である。頼りがいを演出されても心苦しいだけである。人間、素直が一番だ。私が語っても、説得力が1ナノメートルもないのは理解している。

 

お腹の中の子を亡くすまで、笑って過ごそう。

グチるパートナーを眺めながら、私はひっそりと誓った。

 

 

人間は感情の生き物である。

 

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