歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】感想コメントはドリンク100本を超える

感想コメントはドリンク100本を超える

 

2020年3月27日 自宅 

 

『書かなくても、いいかな』

 

身体がしんどい時、この考えが毎回よぎる。

 

人間は、怠け癖が標準装備だ。

 

 そう、思わせてくれ。

自分の弱さは直視したくないものだ。

 

 

私は読むのが好きだ。同じくらい、書くのも好きだ。1年以上、休まず続いているのは文章の読み書きとゲームぐらいである。体操も、瞑想も、英語の勉強も、毎日ではない。

 

それほど好きでも、体調が悪い時に何の気合いもなく楽しめる。その対象は、文章を読むことだけである。文章を書くことやゲームは、強い動機があるから続いている。

 

ゲームは”へし切長谷部”という大好きなキャラがいなければ、毎日プレイするほどのやる気は起きなかった。”へし切長谷部”のセリフを聞くだけで、荒れ狂っていた心がふわっと落ち着く。身体のしんどさも、ゲームプレイ中は忘れられる。精神安定の柱のような存在だ。お手軽に心が整えられる、オタクバンザイ。

 

手ごわいのが、文章を書くことだ。文章を読むことやゲームプレイとは違い、体力・精神力を大きく消費する。体調が安定している時でも、書きあがって1時間は頭がまともに働かない。流血中だったり、起き上がるだけで気分が悪くなったり、高熱でフラフラしているときは、心の中でバトルが始まる。

 

1日ぐらい休んでもいいよね。

休んだら、腕が落ちるとわかっているだろう。

 

この体調だとロクなものが書けない。

集中したら、痛みを感じなくなる。問題なし。

 

 寝てたいんだってば。

キーボードを触れば文字が浮かぶんだから、サッサと椅子に座れ。

 

ダラケていたい自分とやる気あふれる自分が、脳内で延々と言い争いを始める。多重人格者なので、ポジティブとネガティブ、合理主義と非合理主義、科学重視系とスピリチュアル系など、複数の人格が脳内で個別討論会を開始する。頭の中がすごくやかましい。それなのに、決着はつかない。いつだって、決め手は自分じゃない。

 

『文章の投稿を楽しみにしてくれる人がいる』

 

討論が一瞬で終わる。

 

とにかく書け派閥が喜びの声を上げる。書かなくてもいいじゃん派閥もただでは退かない。心身の消耗が最小になるように対案をだす。それを審議し、修正後に全会一致で可決する。おかげで、私の怠けスキルは文章スキル以上に上達が早い。頭の使い方が自分でも間違っていると思う。別人格なので、コントロール不能なのだ。

 

それほど、読者の反応は書き手への影響大なのだ。

 

応援コメントは、栄養ドリンク100本よりも強力だ。星ひとつ、いいねひとつ、それがとてつもなく嬉しい。コメントを頂くと、喜びのあまり何度も読み返す。逆に酷評コメントは太ももにナイフが刺さるよりも痛い。応援コメントが無ければ、耐えられないダメージだ。

 

結果、私は感想文を書く回数が増えた。

 

大好きな作品が、感想コメントで心折れみられなくなる。そんなことが過去に何度もあった。文章、マンガ、動画など、消えていった作品は数えきれない。素晴らしい作品でアクセスも多いのに、なぜかコメントがひとつもつかない。寂しくなって、作るのをやめてしまう。多くの哀しい結果を見かけた。書き手になって、手を止めてしまう気持ちが少しは理解できた。

 

語彙力が死んでるな。

長文すぎるかな。

失礼じゃないかな。

 

不安をお空に放り投げて、感動したら即感想文を書くようになった。結果、尊敬する方々との交流が増えた。今のところ、ブロックされた感想はひとつもない。暑苦しすぎる感想文をにこやかに受け取ってくださる。心の広すぎる方ばかりで、ますますファンになってしまった。

 

創作者は感想をもらえて嬉しい。

ファンは作品が楽しめて嬉しい。

 

どちらにとっても、得しかない。

 

「面白かった」 

 

たった一言で、作り続ける気になる。ほとんどの創作者は驚くほど低燃費だ。もちろん、私もその一人である。続編がみたければ、大好きな作品を残したければ、応援と感動のコメントを書けばいい。どのジャンルのファンにも伝えたい真理である。

 

創作者を殺すに刃物はいらぬ。

言葉ひとつで十分だ。

 

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読書の歴史―あるいは読者の歴史

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