弱い見た目はとっても便利
2020年7月26日 自宅
「ばかじゃない」
私の口癖だ。
顔は笑顔が固定、小柄で太目、動きはチマチマしている。そんな見た目なので警戒されることがほとんどない。中学生時代、授業時間に街を歩いても補導されたことは一度もない。大人から注意のひとこともなかった。書店で立ち読みはよく行ったが、何も言われたことがない。
存在感を無意識に消していた可能性はある。中学生時代のあだ名のひとつは”幽霊”だ。ふと見ると消失していて、また振り返ると出現している。その気配の無さについたネーミングだ。運動神経が最底辺なのに、この特徴のおかげで鬼ごっこでは最後まで残ることは多かった。ドッジボールというボールをぶつける遊びでも、投げる人の真横10cmにいるのに気づかれないステルス性能だ。横を見た瞬間の驚愕の顔がとても面白かった。
特徴なく、存在感が薄い。
そんな見た目に反して、中身はドス黒な変人である。どこに行っても、話して3分ほどで「変わっている」と言われる。「ひどい話だ」と盛り上がっている内容に『まだまだ生ぬるい』と思ってしまう。自覚できるほど思考が黒よりである。多重人格で白よりの人格がいるので、平穏な日々が過ごせているだけだ。黒よりの人格は内勤、白よりの人格が外勤の分業体制で回っている。
世間一般からズレている。
そのまま口に出せば、日常に支障が出る。
私の思考がズレているのは、数々の修羅場のせいではない。おそらく生まれたときからズレている。周りを観察して、口から発する言葉を選ぶ。それを無意識に実行する幼児だった。この行いが普通じゃないと気づいたのは高校生の時である。家庭環境に原因を任せたい気持ちはあるが、どう考えても無理がある。
大人もめげそうなトラブルをすべて乗り越えられたのは、このドス黒思考のおかげである。年齢差や体力差、数の暴力を覆すほど私の性格が悪かった。精神力が強いかったわけでも、心が綺麗だったわけでもない。ただ、私の立てた作戦のえげつなさが相手を上回っただけだ。運に助けられたことも多いので、すべてが自力とは思わないが。
持って生まれたドス黒思考
数々の体験により垣間見た世間の残酷さ
活字中毒による知識の増加
結果、とても毒だらけな思考になった。率直なコメントは激辛ではなく、デスソースまみれである。人様にお見せできない代物になっている。なので、表に出すときはカレーに牛乳やリンゴやはちみつを入れるように頑張ってマイルドな味にしてから提供している。たまに加減を間違えるが。
ハッキリ言って、私の見た目は弱そうだ。おまけに貧弱体質で、地位も名誉も学歴もない。この性質は、他者の本性をみるのにとても有効だ。人の本性が最も現れやすいのは、自分が相手よりも有利な立場にいる時だ。どれほど信じたくなくても、それが本性なのだ。
自分の情報が相手にバレるほど勝率が下がる。そういう意味では、私の見た目と中身は最悪の組み合わせだ。馬鹿にしきった口調で情報をボロボロこぼす人は、いいお得意さんだった。あの人たちは、うまくいかなくなる瞬間まで自分たちが好き放題にできると思っていた。ちなみに、こっちの性格の悪さがバレるような手は打たない。「運が悪かった」と最後まで隠しきるのが技である。いつまでも、死にまで油断をしていてほしい。また、いつお世話になるかわからないのだから。
人は見た目に騙される。
くれぐれも注意したいものだ。
いかに油断してもらうか?
ここに、物事を動かすコツが詰まっている。
自己紹介でもある記事
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