書籍『できないもん勝ちの法則』に生きることを学ぶ
2020年10月2日 自宅
くだらない。
その瞬間、気づいたんだ。
ちょっと気落ちしている。いつもなら物語の世界でしばし心を休める。だが、今日はそういう気分じゃない。家には繰り返し読みたい本や未読の本がいくつもある。それにも手を伸ばす気にならない。だから、読みたい本リストから目が惹かれた本を読むことにした。ザっと眺めると、ひとつの題名が気になった。
書籍『できないもん勝ちの法則』
読みたいと思ってから1年は経った本だ。おそらく、本日が最も読むにふさわしい日なのだ。本も人と同じく、出会うべきタイミングというのがある。すぐに近づけばいいってもんじゃない。気落ちしている今の心情が、私がこの本を深く理解できるタイミングなのだろう。
ローなテンションで購入ボタンを押した。
笑
爆笑ではない。
ホッと気が抜けるような笑い
変わり者の父が、やんちゃで勉強嫌いな息子を面白がる。世間には問題行動とレッテルを張られそうなすべてを全肯定、言葉だけでなく心から楽しんでくるのが伝わってくる。ネコが何もない場所で転んだ動画を観たときのような、ほほえましい気持ちになる。読む前はじめじめローテンションだったが、読んだ後はまったりローテンションになった。
問題行動と書いたが、他人を傷つけようとする言動はない。ただただ、素直なのだ。社会の当たり前に染まることなく、自分の想いに忠実なだけなのだ。あまりに正直な言葉すぎて、母や先生を激怒させることもあるが。「確かに、間違ってはないな」と感じてしまうセリフの数々に思わず笑ってしまう。
なにより、息子さんが楽しそうなのだ。常識が一等大事な人には、肯定する父も含めて不真面目にみえるかもしれない。 私は違うと思う。息子さんは、誰よりも一生懸命に生きている。少なくとも、この息子さんの辞書には生を嘆く言葉はないだろう。生きている時間を全力で味わっている。楽しい時間だけではない。母に怒られている時も、先生に叱られている時も、嬉しくない時間もぼんやり過ごしていない。
ふと、死が近寄ってきた瞬間を思い出した。
死が目前だと、
周りの評価だとか、
未来への不安だとか、
過去のトラウマだとか、
どうでもよくなる。
すべてが今しかなくなる。
すると、
悩んでいた多くのことが「くだらない」と感じる。
苦しんでいた自分が
とても滑稽で笑いが止まらなくなった。
書籍『できないもん勝ちの法則』は生が充実している本なのに。
なんで、死を思い出してしまったのだろう。
いや、不思議ではないのか。これまでの人生で強く生を感じたのは、いつも死に溺れそうな時だった。生から遠ざかるほど、大事じゃないものが剥がれていく。1秒後に死ぬかもしれないのに、翌日の生活費の心配なんてしない。空腹で倒れそうなときに、周りの反応なんて目に入らない。生きようとあがいている最中に、過去を気にしている余裕なんてない。
死をやり過ごすと、いつも笑ってしまう。
「どうでもいいことを気にしてたな」、と。
書籍『できないもん勝ちの法則』
自分に正直な息子さんの言動に、生きるとはどういうことかを考えさせられた。寿命100年時代というが、実際に100年生きる保証は誰にもない。それなのに、先の生活を気にしすぎて今をないがしろにして生きている人は多い。それは、誰のための行動なのだろうか。
先の備えが大事とは言うけれど、
そのために今を犠牲にしていいのかい?
様々な事情があるので、すべてが思うようにはいかないだろう。自分最優先で他者を危険にさらしたり、今さえよければいいと遊びほうけて借金生活するのは行き過ぎだ。けれども、まだ訪れてない未来や他者の評価のために自分の想いを犠牲にする。それじゃあ、生きるのが嫌になってこないか。日本の高い自殺率や衰弱死の多さが、それを物語っている気がする。
どうせ生きるなら、
自分の想いに素直にいこうぜ。
書籍『できないもん勝ちの法則』の息子さんほどじゃなくても。
先ごろの気落ちは、すでに無くなっていた。
生きる。
この意味を忘れて息をしている人は多い。
自己紹介でもある記事
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