歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

『病院スクランブル』信用できない人の見抜き方

信用できない人の見抜き方

 

2019年4月12日 自宅

小学校の頃を思い出す。ひどかったな、特に血縁。90%はロクデナシだった。38年間で信用できた人は、片手で余る。近所のおばちゃんの方が、よっぽど親身だった。20代前半で縁を切りまくって、私個人で連絡を取る先は1件しかない。後悔はもちろんない。

 

人を見極めるのに、条件なんて1mmも参考にならない。血がつながってようと、社会的地位があろうと、知り合って長い年月が経っていようと関係ない。性別が同じとか、同年代とか、国が同じとか、もっと関係ない。信用できる人の評価すら、あてにはならい。ロクデナシは、どんな背景があろうとロクデナシである。信用すべきは、自分の直感のみである。

 

直感は痛い目にあいながら磨かれた。最初は周りの評価や会話術などで判断を誤った。直感が出すシグナルにも気づかなかった。欲に囚われ、自分に都合のいい予測を立てた。傷つくたびに抱いた感想は「第一印象を信じればよかった」「おかしいとわかっていたのに」そして「悪縁は周りごとぶった切る」である。

 

超一流の詐欺師や信念を持って騙しにかかるプロに狙われた場合、「いい勉強になった」で終わらせるしかない。インターネットを知り尽くしたスパコンを利用している技術者に、自宅PCから個人情報を盗まれるようなものだ。防ごうとする方が無茶である。代わりに、隕石にぶつかるよりも出会う確率が低い。気にするだけ無駄である、スパイが本職なら話は別だが。

 

個人が見抜くレベルは1点「本音を話していい相手か?」だけである。口が軽い、陰口を言う、悪口が会話のほとんどだ。そんな人を避けられれば、トラブルが半分以下に減る。『口は災いの元』という言葉に偽りはない。

 

ある程度の修羅場をくぐれば、観ただけでわかるようにはなる。特に眼と口元と手足の動作には本性が出る。10年もすれば、誰の眼にも明らかなほど顔の形が変わる。目は淀み、口元は垂れ下がる。そして仕草に余裕がない。

 

見抜きにくいのは、ウソをつかないタイプだ。「本人に悪気がない」「自分自身も信じている」「演じることを楽しんでいる」悪意なく人を貶める、しかも無意識の人は見抜くのは困難である。超一流のプロは、これを自在に操る。人格を切り替えているようなものだ。不自然さがないので、直感以外で探しようがない。怪しいのは交流中に、一度も不満を感じなかった相手だ。こちらが上司や客など、社会的に有利な立場でもないのに不満がない。天性のコミュニケーションの達人でもない限り、相手がこちらに合わせたということだ。「なぜ、こちらの好感度を上げる必要があるのか?」と相手の目的を想像したい。

 

1のウソを信じさせるには、99のホントを用意すればいい。

 

限りなく黒に近いグレーな心理術

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