映画『キングダム』は酸素だ
「早すぎるだろう」
Mさんは不服そうだ。
「明後日の4月19日8時50分、映画館前に集合ね」
「異論は認めない。絶対に」
「横暴すぎるわ」
上映当日の朝に誘ってくる、Mさんには言われたくない。まぁ、問題はない。映画狂のMさんだから、私が誘わなくても観る予定だったはずだ。嫌がっているのは、ポーズだ。押しに押せば、うなずく。
5分ほどの攻防で、軍配は私に上がった。
『キングダム』
この作品との出会いは、深夜だった。
コンビニで働いていた時、休憩中の雑誌読み放題タイムで出会った。その雑誌は週刊ヤングジャンプ、私は漫画『キングダム』連載第一話目からのファンだ。幼稚園の頃から中国の歴史が好きで、特に始皇帝から劉邦までの時代は、何百回も読んだ。高校時代は、孫子の兵法と韓非子を何十回も読んだ。そんな私にとって、漫画『キングダム』を愛さない理由はない。
その愛すべき作品が、実写映画化する。
ネタバレを確実に避ける方法はただひとつ、上映開始日の最初の時間に映画『キングダム』を観る時間を合わせればいい。私の熱意は、炎のごとく燃え上がった。
映画『キングダム』が楽しみすぎて、イベント前のこども状態になった。本日の睡眠は4時間である。眠いが、二度寝はせずに映画館に向かう。同じように、眠そうな目のMさんがいた。映画館の入口が開くのを待っていると、人が続々と集まってきた。
「今日は、人が多いな」
「それだけ、映画『キングダム』への期待が高いのよ。無理だって評判だった、武器の振り回しや飛び回る動きがね」
「原作ファンなら、気になるもの」
「この漫画オタクが」
私にとって”オタク”は褒め言葉だ。何の痛みも感じない。鼻でフンと笑ったら、悔しそうな顔をした。相変わらず、素直なおっさんである。
スタッフさんが、自動ドアの向こうに見えた。開場は9:00、上映開始は9:10で時間の余裕はない。Mさんと目線で会話をした。自動ドアが開いた。Mさんはチケット売り場へ、私は売店に向かった。
キャラメルポップコーンをMさんとつまみながら話していたら、劇場に開演のコールが流れた。気楽な時間は、ここまでである。正面に向き直り、ハンカチを握りしめ、幕が上がるのを待った。
泣いた
開始20分で、泣いた
エンディングまでに、10回は泣いた
私は原作のファンだ。話の展開は観る前から、わかっていた。それなのに、涙が止まらない。
誰が死ぬか?
どういうセリフを言うか?
どんな場面が来るか?
全部わかっているのに、泣かされた。しかも、万華鏡のごとく目まぐるしく泣かされた。悲しいだけの涙じゃない。感動の涙だって、あった。宣伝チラシで原作者が語った「僕は5回泣きました」は、ウソではない。こんな作品を観せられたら、泣くしかないじゃないか。
普段なら泣いた後は、気分が落ち着く。心がスーッと、早朝の湖面のごとく静かになる。だが映画『キングダム』は違った。マグマのごとく、心がグツグツとたぎっている。夢を追いかけたくて、新しいことに挑戦したくて、じっとしていられない気分だ。
これは、あれだ。
映画『キングダム』は起爆剤だ。
つまりは、酸素だ。
熱意の火が消えそうならば、息を吹き返す。燃えているなら、光が強くなる。燃え上がっているならば、周りも照らし出す。熱意が小さかろうと、大きかろうと関係ない。どんな、熱意の火力も上げてくれる。
なんと、今の時期にふさわしい作品だろう。4月の後半から5月は”5月病”という言葉があるくらい、やる気が落ちやすい。夢や希望を抱いて挑戦し、現実に打ちのめされる。頑張りすぎて、体調を崩す。温度差も気圧の変化も激しい。心も体もグダグダになる。
映画『キングダム』は、教えてくれる。
夢を叶えるのに必要なのは、熱意だけだ。
熱意の強さは、覚悟の重さだ。
甘えてんじゃねぇよ!
ソッと背を押す、なんて可愛いものじゃない。バンジージャンプでビビっている人を、ドーンと後ろから突き落とすくらいの強引さだ。突き落とされた人は夢の水面へ向かって、ただ落ちるだけだ。振り返る時間も、後戻りする選択もない。
私も映画『キングダム』のおかげで、初心を思い出した。最近、すべてが中途半端だった。理由のわからないモヤモヤと、下がらない熱にイライラしていた。なぜか、わかった。やり抜く覚悟が、気づかぬうちに冷えていたのだ。日々の生活に流され、楽な道を選びかけていた。けれども今日、気づくことができた。映画『キングダム』に感謝である。
「やる気が起きない」
「夢を諦めそう」
「なぜか、うまくいかない」
そんな想いを抱えている人は、映画『キングダム』を観てほしい。あなたの熱意の火に、きっと応援の風を吹かせてくれる。ちょっと熱いかもしれないが、そこは堪えてほしい。
注意点が、ひとつだけある。映画鑑賞後は、深呼吸をして、リラックスしてからの行動がオススメだ。映画『キングダム』のことで頭が一杯になり、前を見ておらず、私は男子トイレに入ってしまった。後ろにいたMさんに、めちゃくちゃ笑われた。ぎょっとした、男性陣の顔も忘れられない。
いろんな意味で、映画『キングダム』は焼印のように心に残った。数日経ったが、沸騰した水のようなグツグツした熱意と、うだるような恥ずかしさを忘れられない。一生の記憶になりそうだ。
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