目標なんか、忘れちまえ!
「どうすればいいんだろう?」
私は悩んでいた。
「日本の歴史や文化、風土が好きだ。その魅力を伝える文章が書きたい。だが、知識が足りない。感性は、もっと足りない」
「まず、なにから学ぶべきかは気づいている」
「だが気軽に学べる、そんなものじゃない」
はっきりと見えているのに、手が届かない。そんな、耐え難いもどかしさを感じていた。
私は日本の歴史が好きだったおかげで、5年間の寝たきりから復帰した人間だ。幼稚園の頃から、筋金入りの歴史好きである。読んだ本の冊数は少なくても、300冊は超える。だが、正式に学んだ経験がほとんどない。高校までは、卒業している。だが身体が弱く、学生生活12年の半分は休んでいる。高校生の時ですら、50日以上も休んだ。保健室登校も数え切れないほどある。歴史の授業は三分の一も出席していない。知識は山道のように穴ボコだらけである。
そんな私でも、わかることがある。日本を支える土台のひとつ、それは禅(ぜん)だ。アップルのトップだったスティーブ・ジョブズ氏が学んだことで、海外でも知られている。わび・さびの思想も、禅から来ている。日本を紹介するなら、禅は欠かせない。
だが、学ぼうと思った瞬間に、悩みが降ってきた。どこで学べばいいんだ。禅への入り口講座なら、あちこちで行われている。けれども、私が学びたいのは、禅の思想である。入り口では、満足なんてできない。
京都の禅寺に行こうかな。そんな考えをネットでつぶやいた私に、尊敬する歴史作家である白駒妃登美さんが教えてくれた。
ちょっと、待って。
禅を学ぶなら、この方から学ぶのがいい。
私の恩師なのよ。
境野勝悟氏
どんな方かは知らなかったが、日本中で歴史についての講演を100の単位で行われている、白駒妃登美さんが恩師と呼ぶ方だ。きっと、禅の道を極めた素晴らしい方に違いない。本を30冊ほど、出版されているらしい。まずは代表作である『超訳 般若心経』、そして最新刊の『芭蕉のことば100選』を読むことにした。
泣いた。
悲しくないのに、涙が出る。
初夏の風が吹いたかのように
心地よい感覚だ。
生きる喜びと尊さが、文章のすべてに込められていた。赤ちゃんを抱っこするかのように、日々を大切に愛しんでいる。変わらないものと変わるものを、子供のような素直な心で見つめ、生きることを楽しんでいた。
振り返って、思う。私は、今を生きているのだろうか。過去や未来に囚われて、現在が見えていないのではないか。この瞬間を、大切に生きているのだろうか。大事な人たちとの時間を、適当に考えてはいなかっただろうか。できているとは、思えなかった。
過去の経験は、自分の土台だ。夢や目標は、自分の道標だ。だが、生きているのは、生きられるのは今だけである。
今を大事にできないなら
目標なんか、忘れちまえ!
そんなことより
大事なものがあるだろう!!!
穏やかに清流のごとく流れる文章なのに、燃え盛るかがり火のような情熱が伝わってきた。『水のように生きる』を軸とする禅の本で、火の熱さを感じるのは驚きだった。
日本を深く知るために禅の本を読んだのに、自分自身のダメさ加減を知ることになるとは、晴れ渡った空から雪が降ってきたかのような衝撃である。最近読む本は、ことごとく自分の未熟さを、首元に刀を当てるかのように突きつけてくる。ありがたいが、同時に恥ずかし過ぎてたまらない。
恥ずかしさは、これだけではなかった。境野勝悟氏は禅寺で有名な鎌倉にある円覚寺、そこで僧侶ではないのにお坊さん相手に定期的に講義をされるほど、すごい方だった。禅を学びたいのに、知らないのはありえない方だった。自分の不勉強がいたたまれない。考えられない無知を責めずに、優しく教えてくださった白駒妃登美さんには、感謝の気持ちしかない。「ありがとうございました」
未熟すぎる私とは違って、境野勝悟氏の著作は素晴らしかった。2冊の永久欠番、そして他の作品28冊も読むことが決定である。そろそろ部屋の面積と重量、そして財布が危険水準だが、嬉しい悲鳴である。
これから、することは決まっている。『超訳 般若心経』と『芭蕉のことば100選』の世界へ、再び訪問することである。先ほどの読み方では、味わい方が甘かった。そして、気づいてしまった。他の本も、今なら新たな発見があるのではないか。
嬉しい悩みが、また増えてしまった。
今を生きるって、幸せだ。
芭蕉のことば100選: 深くて、面白くて、ためになる (知的生きかた文庫)
- 作者: 境野勝悟
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 2019/02/22
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