歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

『病院スクランブル』相手の期待を見抜く

相手の期待を見抜く

 

2019年4月10日 自宅

 

帰宅後、3時間ほど仮眠した。体調が悪い時に外出するものではない。だが、去り際の父は嬉しそうだった。男の人はいつまでたっても寂しがり屋だ、という言葉を思い出した。

 

他者への大きすぎる期待は、自分も相手も潰してしまう。相手からの期待も、自分を押し殺してまで叶える必要はない。だが相手の期待は、察した方がいい。喜ばせたいときも、信頼されたいときも使うエネルギーが最小限で済むからだ。むしろ期待からずれた行動をすると、逆効果になる。方向違いの努力は、迷ったまま道を進むのに等しい。頑張れば頑張るほど、目的地から遠くなる。

 

私は学校を休めるだけ休んだ。留年の単位が決まっている高校ですら、1年に50日以上休んだ。単位が危ない1科目だけ出席した日もたくさんある。模範になる生徒とは、どう考えても言えない。それなのに、高校3年間ずっと優等生で表彰された。なぜか。試験の点数がよくて、全国大会に出場していたからだ。大人の事情である。

 

高校3年生のときなど、もっと露骨だった。県の優等生候補に代表を2人出すことになった。一人は皆勤賞、全教科総合が常に学年10番以内、毎年県大会に出場、部活の主将で生徒会長だった。もう一人は出席日数は留年ギリギリ、10段階評価で美術2の体育3、全国大会ベスト8出場者、ただし個人参加だった。各高校で選ばれる代表は一人、選んだ学校側も生徒たちも後者の欠点だらけの生徒ではなく、前者の全くスキのない前者の生徒が選ばれると思っていた。結果は優等生とはとても言えない後者の生徒だった。しかも、謝辞とスピーチを頼まれた。実質、その年のTOP扱いである。

 

39度の熱でスピーチをしながら、つくづく感じた。努力と評価は、まっすぐつながっていない。結果を出しても、相手の望むモノでなければ高く評価されない。どうせ努力をするならば、相手の期待を見抜いて応える。相手の欲望を叶えた方が効率的だ、と。相手の期待を察する能力は、その後の社会生活でとても役に立った。

 

空腹の子は、おもちゃよりもお菓子を好む。

 

<<2019年4月11日に続く>>

 

期待以上に応える技術

期待以上に応える技術

 

 

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