歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったり生きる』

『病院スクランブル』冷静さを忘れる時

冷静さも過ぎれば致死毒

 

2019年4月13日 自宅

 

感情が凍っていた10~20代前半は、トラウマは増えなかった。修羅場がなかったわけでも、失敗がなかったわけでもない。ただ心がピクリともしなかった。自分より1.5倍の体格の男性に首を絞められても、別になんとも思わなかった。「おまえは死ぬのが怖くないんだろう」と脅す相手が呆れていた。被害がわずかで済んだので、結果オーライである。

 

冷静さというのは、ピンチを救ってくれる。だが多すぎると、生きている実感がじわじわと薄れていく。1年365日、味のない栄養補給のための食事をとりながら寝ている。目に入るものは黒か白、ただ液晶の中にだけ色がある。息をするロボットのような感覚がずっと続く。

 

感情がなければ、苦しさはない。体の痛みは遠くなり、心を揺らされることはない。代わりに、五感も思考もぼんやりしてくる。生きるのが楽になるが、楽しさもなくなる。ただただ周りに合わせた言動をする生き人形だ。この頃の記憶はあまりない。気づいたらビルの屋上や駅のホームにいた。

 

人間は合理的ではない。理性ではなく、感情が先にくる生き物だ。「感情が無くなれば楽なのに」とのセリフを否定する気はない。だが感情が無くなれば、楽を喜ぶ気持ちすら失う。美味しものを食べても、美しい景色を観ても、心地いい音楽を聞いても、なんの感想も湧き上がらない。喜び0の時間を生きている意味はあるのだろうか。最後に感情を殺すのは絶望ではなく、冷静さである。

 

冷えすぎたアイスを、味わうことはできない。

 

<<2019年4月14日に続く>>

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