映画『アラジン』に人の強さと弱さをみる
2019年7月6日 映画館
映画狂の友人に誘われて映画『アラジン』を観た。ディズニーと強面なウィル・スミス氏の組み合わせに、視聴前はイメージが不協和音だった。だが、観終わった後はランプの魔人の威厳と圧倒的なリズム感から繰り出されるダンスは彼しか出来なかったのだと納得した。古代と現代までのダンスの見事なコラボレーションに魅せられた。物語だけでなく、ダンスもミュージカル映画並みに見応えのある心高鳴る作品だった。
ストーリーはシンプルだった。話の筋もよく知られている童話『アラジンと魔法のランプ』と同じだった。所々、原作である『千夜一夜物語』の子供向けに削られていた部分が付け加えられていたがハッピーエンドは変わらない。だが、視点が違った。
盗まなければ生活できない少年
王としての立場に縛られる父親
法のために感情を押し殺す戦士
私が感じたのは人の心の移り変わりだ。一貫性が合ったのはラスボスぐらいだった。ほとんどの人たちが自分の感情や環境に振り回され悩み苦しんでいた。最初からの悪人も善人も存在せず、常に揺れ動いている。立場を変えてみれば、悪人と善人の立場すら入れ替わる。そんな不安定な中でも、出来る限り優しい結果を掴もうとする人々の奮闘が描かれていた。
『その行動を、あなたは後悔しませんか?』
主人公だけでなく、様々な立場の人に人生の選択を突きつける。しかも現代でも悩みそうな問いばかりが尋ねられる。物語の世界だからと言い訳できない、楽しくも厳しさのある優しい作品だった。
人生の選択を迫られるとき、たいていは追い詰められている。冷静に判断するには厳しい状況で決断しなくてはならない。そんな状況なので、どうしても短期的で自分本意な決断をしがちだ。そして、後悔する。「こんなはずじゃなかった」と悔いる結果を避けるためにも、長期的視点と他者視点を取り入れたい。
自分本位になるのは問題ない。誰だって自分が一番大事だ。むしろ他者視点だけの決断は、自分本位だけの決断より悪い結果を生む。悲運に酔うメンタルは自分も周りも不幸にする。悲劇のヒロインは、最近のディズニー映画ですら見かけない。悲運をひっくり返してこその感動ストーリーだ。
事実は変わらない。
だが、その後の行動は選べる。
↓ ランキングに参加中です。