歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】病気の正体がわからない不安、これがわからない

病気の正体がわからない不安、これがわからない 

 

2020年3月2日 自宅

 

「違うんだ」

 

23年ぶりに感覚のズレを噛みしめた。

 

 

世間が騒がしい。

新型コロナウイルスが原因だ。

 

治療法がわからず、

これまでのデータも通用しない。

 

感染症を研究しているプロに『しつこい』と言わせるウイルスだ。特効薬がない、ワクチンもない、対処法もハッキリしない。世界中の混乱は日々、ひどくなっている。私はポカーンとした。

 

 手洗い、マスク、人に近づかない。

これだけで防げるのに。

 

なんで、パニックになっているのだろう?

 

 原因がわからないだけで、人はここまで不安になるんだ。

 

とても驚いた。

なぜならば、それが私の日常だからだ。 

 

「原因は不明です」

 

このセリフを聞いた回数を覚えていない。

 

病院に行くたびに言われた時期もある。今でも主治医から何度も聞く。軽い症状で原因がわからないのではない。死にかける原因がわからない。わかっている病気も完治する方法がない。アレルギーも、ぜんそくも、線維筋痛症も、どれも治らない病気だ。線維筋痛症は病名がわかっているだけで、こちらも原因・治療法、共に不明である。

 

周りを観察していて気づいた。ほとんどの人は病院に行けば、病気が治ると思っている。少なくとも、症状が軽くなると信じている。私には、そんな幻想を抱く余地はない。むしろ、悪化することもよくあった。

 

私にとって、わからないのは不思議でもない。眠れないほどの激痛で身体が動かなくても、40度の熱が1ヶ月下がらなくても、意識が数日飛んでも、原因不明と診断された。それをなんとも思わなかった。「またか」、これだけである。

 

心身をむしばむ苦痛もなく、避ける方法もあるのに。

世界中がパニックになっている。

 

同じ気持ちになれない自分

 

「世間とは感覚がズレているんだ」

 

自覚するしかなかった。

とても懐かしい感覚だ。

 

 

「ご飯が1食抜けるとツラいよな」

「へ? 1ヶ月食べなくても、別に大丈夫だったけど」

 

高校時代に悪友とした会話である。この後、次元の違う話をするなと散々責められた。ただ、思ったことを言っただけなのに。なんとも理不尽な話である。この件で学んだ私は、周りとかけ離れた体験をまず言わなくなった。じっくり観察して、語った方が良さそうな時だけ口を開くようになった。

 

それだけ、衝撃的だった。あの時の感覚ズレを世界レベルで味わうことになるとは。どおりで、他国の人と交流しても「変わっている」と言われるわけだ。長年の疑問は解けたが、まったく嬉しくない。

 

今、私の感覚は世間とはズレている。

だが、それも一時のことだ。

 

3か月のすれば、世間とのズレはわずかになっているだろう。私が変わるのではない。世界中の人がわからないに慣れるのだ。治療薬も、ワクチンも、ひょいひょいと簡単にはできない。本来なら、何年もかかるプロジェクトだ。最善の対処法が見つかる前に、人類が治療法がわからない状況に慣れる方が早いだろう。

 

心おどるような幸福も、胸を突き刺すような不幸も、毎日の繰り返しだと慣れてしまう。人の脳はそういう風にできている。だから、わからない不安にも人は慣れていくだろう。もし慣れない脳ならば、人はとっくに滅んでいる。どんな状況にも適応してきたから、世界中に人はあふれている。

 

どんなひどい状況も、慣れてしまえば日常である。

 

 

問題放置の原因にもなるが、

ときに生きるのを助けてくれる。

 

それが、慣れだ。

 

 

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