歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】”外出できない”のは今だけなのか?

”外出できない”のは今だけなのか?

 

2020年8月17日 自宅 

 

訪れる未来なのに。

 

人は、現実が続くと思いがちなんだな。

 

 

感染症の流行が緩やかになる気配がまったくない。報道などで色々流れているが、それを信用できるような人生は送っていない。 流れる情報でなく、組織の行動に注目すれば現状は悪いとしか言いようがない。個人的に、いつも疑問に思うことがある。「~の事は信用できない」と非難するのに、どうして信用できない存在が流す情報を基に議論するのだろうか。不思議でならない。 

 

 どんな情報が流れようが、感染症の危険度が高い現実は何も変わらない。よって、外出を控える状況もしばらく変わりそうにない。町中の静けさと対照的に、インターネット上が不満で溢れかえっているのも納得だ。

 

そんな中、去年までと変わらぬ生活を過ごしている。元々、自由に”外出ができない”私にはあまり影響がない。むしろ、周りが感染症防止に熱心なおかげで危険度が下がったぐらいだ。今回の騒ぎは、若く健康で活発な人ほど負担が大きい状況だ。

 

 

「いつかは元の生活に戻れる」

 

去年までとまったく同じとは思ってはいないが、ほとんどの生活は元通りになると信じている人が多そうだ。どうなるかは、私にはわからない。だが、言い切れることがひとつだけある。

 

感染症の流行がなくても、

自由に”外出できない”日は訪れる。

 

老化は必ず起こる。どれほど健康に気をつけても、自由に体が動かせなくなる。身体が衰える前に命を無くせば別だが。生きている限り、老いは避けられない。マンガ『ドラゴンボール』に登場する亀仙人のように元気なままの人は少ない。医療費の削減や働き手確保などのために、フレイル(加齢による衰え)予防を国は推進しようとしている。それでも、完全に防げるはずもない。”外出できない”だけならまだマシで、ほとんどは関節痛だの生活習慣病だのを抱える。

 

どうせ、いつかは訪れる未来なのだ。

”外出できない”という現状を、未来へのトレーニングにすればいいのに。

 

”外出できない”を楽しめるようになれば、老化や病で体の自由が利かなくなってもオタオタしなくて済む。私が穏やかに過ごせているのは、すでに”外出できない”が当たり前の世界に生きているからだ。周囲との関係なしには過ごせないので影響ゼロではないが。大多数の人たちと比べれば、ごくごくわずかだ。コタツでお茶を飲みながら、「ぬくぬく~」とダラダラしているような心地である。外出ゼロで何年でも楽しく過ごせる自信がある。

 

どんな状況でも、どこかにプラスの要素はある。

現在の”外出できない”状況も同じだ。

 

未来の自分の予行練習

 

私にっては、ただの日常だが。

 

おかげで、今日も心穏やか平和な一日だった。

 

 

人は老いる。

 

多くの人は見ないフリして生きている。

現実が追いつく、その日まで。

 

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 自己紹介でもある記事

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