歩くリトマス試験紙の反応記録

『ありのままに、ゆったりと、みんなで』

【歩くリトマス試験紙の反応記録】書籍『怖い仏教』に変化を学ぶ

 書籍『怖い仏教』に変化を学ぶ

 

2020年4月15日 自宅

 

Twitterのフォロワーさんが紹介していた本がすごく気になる。気になる、この感覚が強い時は面白い本であることが多い。調べたら、電子書籍でも発売されている。迷うことなく購入ボタンを押した。

 

書籍『怖い仏教』

 

あおり文句エロ、グロと書いている。一瞬、神話の本と間違えたかと疑った。エログロの原点と言えば神話である。国を問わず、男女のもつれと血が流れない神話はない。絵本には無かった? 子供向けの本は過激な表現がカットされている。童話ですらエログロはある。ディズニー映画の代表作『白雪姫』も原作はかなり手厳しい。エンディング手前の表現はグロとしか言いようがない。

 

仏教も古くからある書物だ。エログロな逸話があっても不思議じゃない。たまに仏教は平和な宗教だという人がいる。そういう人は日本の歴史を忘れている。仏教が日本に伝わった時、受け入れるかどうかで殺し合いが起こった。戦国時代の前後はお寺が武装集団を多数抱えていた。織田信長公を最も長く苦しめたのは、武将ではなく仏教を信じる集団だった。どんな思想であれ、意見がぶつかれば争いが起こるものだ。『反対者を全員殺せば、平和になる』、こういう思想すらある。人の業とは薄暗いものだと思った。

 

とはいえ、仏教でエログロはなかなか珍しい。期待に胸をふくらませながら、ダウンロードボタンを押した。

 

率直だな。

 

後ろ暗い記録が、がっつり残っているとは。死体のそばで暮らしていたとか、組織内の汚職とか、性別問わぬ色恋騒ぎとか、よくぞ残っていたものだ。ごく普通の集団なら、負の遺産として記録から抹消している。現代にまで恥と言われそうな記録が残っているとは。

 

内容はあおりに違わぬエログロだった。その内容とは裏腹に、私の心はスッキリしていた。仏教への長年の疑問が解けたからだ。

 

なぜ、そこまでに人間の弱さに詳しいのか?

 

仏教の特徴は、人間のダメさへの理解だと思っている。人の愚かで、醜い点をまっすぐにみつめている。なんでこれほど豊富なトラブル対策Q&Aがあるのかと不思議だった。失敗例もたくさん載っている。その疑問が書籍『怖い仏教』のおかげで察することができた。

 

実例集

 

集団生活で起こったトラブルへの対策、その成功と失敗を書き記していた。教えだけでなく、その実例集も経典にした。だから、どこまでも具体的で実生活にいかせる学びが多いのだ。そして、多くの人の本性をみつめ続けたからこそ、この原則に至ったのだろう。

 

無常

 

移り変わらぬものがない、という教えだ。この教えの最も面白い点は、この原則が説かれた仏教ですら無常の法則から逃れられなかったという点だ。ブッダが教えを説いたときの仏教と、現代の仏教は大きく違う。初期の仏教には、仏像も先祖供養もない。自らも教えの通り、これほど説得力のある実例はない。

 

人は同じ毎日が続くと思いがちだ。だが、そんな保証はどこにもない。むしろ、変わっていくのが自然なのだ。逆に言えば、どれほど不運な状況もいつかは終わる。悩んでも何も変わらない。今この瞬間を生きることが大事だ。そのことを書籍『怖い仏教』は教えてくれた。感謝だ。

 

今この世にいる人も、

200年後には全員いない。

 

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怖い仏教 (小学館新書)

怖い仏教 (小学館新書)

  • 作者:純, 平野
  • 発売日: 2020/04/02
  • メディア: 新書
 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】書籍『ソバニイルヨ』に優しさの源を教わる

書籍『ソバニイルヨ』に優しさの源を教わる

 

2020年4月9日 自宅

 

なんだ、この内容は。

 

読んでいてイラっとした。

後半、ひっくり返されると知らずに。

 

 

友人を泣かした。

 

泣いている姿は見ていない。ただ、もらったメッセージに泣いたと書いてあった。私とは真逆の純粋な人なのでウソじゃないだろう。4月1日に投稿した記事を読んでくれたらしい。長文の感想が届いた。その中で、うえたさんにぜひ読んでほしい本があるとの言葉があった。ちなみに友人は出版関係者で活字中毒である。読む以外の選択肢はない。

 

本のタイトルは『ソバニイルヨ』、電子書籍版があったので即ダウンロードした。感染症騒ぎの真っただ中だ。減らせる配達の依頼は減らすべきだ。これが理由の30%、残り70%は早く読みたかっただけだ。1分弱で読みたい本が手元に届く。電子書籍の最大の利点である。

 

 読み始める。

 

なんだ、この甘ちゃん主人公は。

人生をなめているな。

 

さらに読み進める。

 

自分のイラつきを他者にぶつけている。

ムカムカしてきた。

 

読むのをやめようか。

だが、優しすぎる友人が勧めてくれた本だ。

ヒドイままで終わるはずがない。

 

止まる手をむりやり動かす。

 

おっ、流れが変わった。

ふむふむ。

 

そこにつながるのか。

えっ、そんな終わりなの。

 

うん、切ないね。

 

気づいたら、ボロ泣きしながら一気読みしていた。友人を信じて良かった。この物語、読み終わった後の感覚がとてもいい。泣きすぎて、目や鼻の下が赤く染まったが満足だ。ティッシュで拭いすぎてヒリヒリする。人様にお見せできない顔になってしまったが、今の私はひとりだ。何の問題もない。

 

最後まで読んで、友人がくれた言葉の意味わかった。

 

『哀をたくさん知っているから、

 人に優しくできるし、

 人の優しさに気づくことができる』

 

昔から不思議だった。

なぜ、慈悲と書くのか。

 

だれかを助ける意味を持つ言葉に、慈しむ(いつくしむ)という単語があるのはわかる。だが、悲しみ(かなしみ)の言葉が含まれるのかが理解できなかった。悲しみは優しさには必要ないと思っていた。けれども違った。

 

痛み、苦しみ、絶望、虚無

 

いろんな悲しみを味わったからこそ、わかることがある。同じ気持ちになることはできないが、悲しんでいる気持ちに寄り添いやすくなる。ひどい目にあったからこそ、他人の優しさに敏感になる。砂漠に住んでいる人が、水を大切にするように。

 

友人がくれた言葉ほど、自分を優しい人間とは思えない。むしろ、あの文章を読んで優しいと感じて素晴らしい本を紹介してくれた。友人の方が、私よりもよほど優しい人間だ。

 

その証拠に苦しい目に数えきれないほどあった。それなのに、優しさの源が悲しみだと気づいていなかった。友人と書籍『ソバニイルヨ』が教えてくれた。優しさをしるためには深い悲しみが必要だった、と。おかげで、心に負った傷が無駄じゃなかったと思えた。

 

感謝をくれた友人に伝えた。

 

苦しかった過去を必要だったと思えた。

こちらこそ、ありがとう。

 

そうしたら、友人にまた泣かれてしまった。

二人そろって、目が真っ赤だ。

 

こういう日も悪くはない。

価格高騰中のティッシュが目減りしたことはだけは誤算だった。

 

 

共感なき優しさは、時に凶器になる。

相手は、自分ではない。

 

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ソバニイルヨ

ソバニイルヨ

  • 作者:喜多川 泰
  • 発売日: 2017/12/20
  • メディア: 単行本
 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】書籍『ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編』にわかりやすさを学ぶ

 書籍『ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編』にわかりやすさを学ぶ

 

2020年3月9日 自宅

 

やっと来た。

待ちかねていた。

 

注文していた本が届いた。本の名前は『ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編』、エジプトの神話について書かれた本だ。

 

私は神話が好きである。はじめて神話に触れたのは、星座の図鑑だった。キラキラした星に添えられたギリシャ神話が面白くて、ページがはずれるほど読み返した。その後、日本神話・中国の民話・ケルト神話など興味は広がっていった。

 

エジプトの神話に興味を持ったきかっけは漫画である。古代の中東を舞台にした『天は赤い河のほとり』と古代エジプトが舞台の『王家の紋章』、戦乱から宮廷のもめごとまで細かく描かれていた。恋愛メインの少女漫画の世界で古代の戦乱を世界情勢と共に語る、というジャンル間違いを疑うレベルだった。だが、歴史好きの私にはたまらなく面白かった。どちらも人気があったので、同じ心を持った読者が多かったのだろう。『天は赤い河のほとり』は2018年に宝塚で演じられた。『王家の紋章』は現在も連載中である。その人気は未だに健在である。

 

 神話が好きで

エジプトに興味あり

おまけにマンガが大好き

 

 そんな私にとって、4コマ漫画と共にエジプトの神話を教えてくれる『ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編』は手に入れるしかない本だった。教えてくれた、Twitterのフォロワーさんに感謝である。

 

エジプト神話は、神さまの不思議さが魅力のひとつだ。虫の顔をした神さまが登場する神話は世界でも珍しい。人間、いや神さま関係は世界の神話の中でも1位争いをできる複雑さだ。 物語として語る難易度は、とてつもなく高い。それを、4コマ漫画でどこまでわかりやすく表現されているのか。内容も気になるが、表現方法も気になる。手をぴくぴくさせながら、本を開いた。

 

大爆笑

 

こんな陽気な悪神セトは想像の外だ。

ゆるい、ゆるすぎる。

 

ゆるゆる、ふさわしいタイトルだ。

 

笑いすぎて喉が痛い。

 

この本、初見でも楽しめる。だが、爆笑したいならば、先に別のエジプト神話の本を読みたい。神さまイメージのあまりのギャップに吹き出してしまうだろう。この衝撃は癖になる。

 

そして、これほど笑えるのに中身が濃い。エジプト神話の本を3冊は読んだ。それでも知らなかった情報がゴロゴロある。しかも、読者の思考迷子を前もって防いでいる。10、11ページに神さま相関図が掲載されている。『この神さま、何の神さまで、どなたと家族だっただろう?』、なんて頭が混乱することもない。ナイル川やエジプトの年表、ちょっとしたコラムもある。ハト料理がとても美味しそうだった。

 

わかりやすいのに、中身が濃い。

これは、とてもいい本だ。

 

わかりやすいと言われる本を買うと、よくガッカリする。内容が氷の解けたそうめんつゆより薄い。そうめんをつけても味が変わらないほどの濃さしかない。そんな悲しい本がたくさん世の中には存在する。10ページで説明する内容を300ページにふくらませれば、わからないという人は少数だろう。読みやすいと思ったことはないが。

 

『ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編』は違う。むしろ、3倍希釈のそうめんつゆである。濃すぎる、と言うしかない内容の充実っぷりだ。143ページにこれだけの内容を詰め込むとは。しかも、ゆるいイラストで心がほんわかする。入門書を読んで挫折する、そういう心配が欠片もない本だ。

 

エジプト神話の知識だけでなく、わかりやすさの基本をみせてもらった。わかりやすいだけは合格点じゃない。内容と面白さがあってこその、わかりやすさだと。

 

ステキな本を紹介してくれた、Twitterのフォロワーさんに感謝だ。フォロワーさんはこの本が広まるのを熱烈に応援していた。私が購入した最後の決め手は、フォロワーさんの熱意に心を動かされたからだ。お礼代わりに、私も『ゆるゆる神様図鑑 古代エジプト編』をTwitterで紹介しよう。教えてもらった、わかりやすさを参考に。

 

本を閉じ、Twitterのアイコンをクリックした。

 

 

中身のない話

面白い話

 

どちらもわかりやすいが、

中身のない話を何度も読みたい人はいない。

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】流行ノセの本なんて大嫌いだ

流行ノセの本なんて大嫌いだ

 

2020年2月27日 自宅

 

やっと。

やっと、見つけた。

 

書店の一角が輝いてみえた。

 

読解力クイズ【よむトレ】の解説小説、そのための調べものでドッタンバッタンしていた。調べものが捗らないので、ずっと読もうと思っていた本に手を出す。試験前の現実逃避のようなものだ。

 

 書籍『日本刀』

 

この本を手に入れるために、何件の書店を回ったことか。

 

売切れ、売切れ、売切れ。

 

幼稚園の頃から歴史上の人物が大好きだった。調理師の父の影響で、身近で刃物を目にする機会が多かった。刃の空間を裂くようなギラリとした輝きに魅せられていた。『刀剣乱舞』というゲームにハマったきっかけも、歴史と刀が好きだからだ。そんな私にとって、刀本が売り切れになるほど人気なのは嬉しい。

 

だが、自分が読めないのは問題でしかない。

 

岩波新書さんのTwitterアカウントを常にチェックし、増版のたびに書店を覗いたがなかった。その本を手に入れたのは、法律の勉強会の帰りである。ふら~と寄った近所の書店にしれっといた。これほど近くに宝物があったなんて。不覚なんて言葉では収まりつかない。自分をぶん殴りたくなった、こぶしで。

 

手に入ったから、ノー問題だ。

 

自分のスットコぶりには目をつぶり、待望の本が手に入った喜びをかみしめた。近所の書店の訪問回数を増やそう。教訓を身に刻んで、すぐに読もうとスタスタと早歩きで帰った。だが、すぐには読めなかった。いつものように高熱を出して倒れた。数日後、熱がやっと下がったと思えば、読解力クイズ【よむトレ】の投稿予定日が迫っている。いっそ、再延期をなんて考えた。さすがに、欲望のままに走りすぎだと堪えた。結局、耐え切れなかったが。

 

「刀本はいくらでもあるのに、なぜ執着するのか?」

 

腹立たしくなる刀本が多かったからだ。『刀剣乱舞』の流行は素晴らしい結果を生んだ。何年も売れ行きが悪い、というより消滅寸前だった刀本がガンガン売れた。そこまでは良かった。そこからが良くなかった。内容がひどすぎる本がわんこそばのノリで書店に投入された。

 

漢字間違い、まだいい。

年号間違い、良くないがいい。

でたらめが書いてある、ちょっと待てゴラ。

 

歴史というのは、名探偵コナンのように『真実はひとつ』ではない。国宝に指定されているような刀でも、現代にたどり着くまでに歩んだ道はあいまいだったりする。江戸時代、盛んに刀について研究されたが完璧ではない。諸説あり、いろんな説があるのが基本だ。

 

そ、れ、な、の、に。

 

ひとつの説を事実のように書いたり、名前が似ている別の刀の説が書いてあったり、創作としか思えない説が書いてあったりする。

 

ふざけているのか?

 

活字中毒の私が、壁に全力で振りかぶりたくなる。そんな本が数えたくもないほど、たくさん出版された。

 

流行ノセだけの本なんて大嫌いだ。

本への冒涜である。

 

この状況は1年で改善された。我慢がならなかった同士が、オススメ刀本の情報を流しだした。私もこっそり協力した。合言葉は『刀剣乱舞開始前の本は買うな』である。もちろん、一部の内容がしっかりとした新刊は個別で紹介した。怒りをかきたてる本は売れなくなった。今では、Amazonの販売ページに酷評コメントと共に表示されているだけだ。

 

中身がスカスカでウソにまみれた本と書籍『日本刀』は比べるのもおこがましい。だいたい、発売されたのが1939年である。『刀剣乱舞』どころか、インターネットもない昭和初期である。使われている言葉は旧仮名づかいである。本好きでも逃げ出す人が多数出るほど、年季の入った一品である。

 

それほど渋みのきいた本が売り切け続出である。

なんて、いい時代なんだ。

 

確かに、売れるべき本である。

購入前、パラッとチラ読みした。

 

とにかく、説明が丁寧かつ細かい。この本を書くために、どれほど資料が必要だったのか。参考資料のページの分厚さが答えである。この参考資料の情報自体が輝かしい宝である。現代より前の資料を国会図書館などで探すとき、この参考資料が刀の世界を巡るための地図代わりだ。この本を復刻してくれた岩波新書の方々には、頭が地面にめり込むほど感謝することしかできない。ありがとう、まっことありがとう。

 

小説の資料が集まらない。

 

そんな厳しい現実を忘れるため、私は書籍『日本刀』のページを開く。

 

わかっている。

逃げ続ければ、現実にバッサリとぶった切られる。

読み終われば戻ってくる、許してほしい。

 

~2時間後~

 

面白かった。とても、充実したひと時だった。資料が思うように集まらないイライラが、圧し切られて霞のように消え去った。これで、また小説の資料集めにガッツリと取り組めそうだ。

 

現実逃避の読書は、どうして格別に楽しいのか?

 

どれほど資料を集めても、答えが出てこない問いである。

 

 

悪い評判は

凄まじい早さで広がる。

 

愛好家を怒らせた時の拡散スピードは

リニア並みである。

 

しかも、一両ではない。

 

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Amazon(電子書籍版は現代仮名づかい)

日本刀 (岩波新書)

日本刀 (岩波新書)

  • 作者:本間 順治
  • 発売日: 1939/05/30
  • メディア: 新書
 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】書籍『タスキメシ』に優しさの苦しみを教わる

書籍『タスキメシ』に優しさの苦しみを教わる

 

2019年12月4日 自宅

 

昨日、興奮しすぎたらしい。

また、熱が上がった、

 

家族のやれやれ顔が、胸を突きさす。

 違う、今回は私が悪いのではない。

 

映画が面白すぎただけなんだ。

 

そんな言い分が通るはずもなく、またベッドに放り込まれた。咳をしていないので、読書の権利だけはもぎ取った。この流れ、小学生の時に病院で隔離された日々を思い出す。あの2週間はきつかった。

 

体はしんどい

読書は禁止、TV視聴は1日1時間

腎臓病の人向けなので味がない

 

ひとり、ベッドの上でボケーとしているしかない。しかも、無理をしていないかと看護師さんが見回りに来る。 感染症が治る2週間、一歩も部屋を出ることは許されなかった。それどころか、ベッドで座っていることすら許されなかった。あの時に比べれば、今は天国だ。

 

 ちなみに本日、読む本は決まっている。書籍『タスキメシ』だ。東京マラソンを3時間台で完走する友人から教わった。走るのが好きな人には、たまらない小説らしい。欠片も私には当てはまらないが、友人が熱く魅力を語ってくれたので読むことにした。誰かを熱狂させる本は、面白い作品が多い。私の経験からくる結論だ。

 

 期待を胸にページをめくった。

 

うん、いい本だ。

友人よ、ありがとう。

 

心打たれる作品に出会わせてくれて。

 

駅伝の話と言うから、さわやか系と思っていた。いい意味で裏切られた。さわやかさはあるが、底に流れているのはドロドロとした人間の感情だ。血を吐くほど頑張っても能力の差を超えられない苦悩、身内への嫉妬、女の狡さ、高校生活を舞台に描き切るとは凄まじい。つづられる言葉は穏やかで優しいのに、包まれているテーマはどこまでも重い。答えのでない多くの問いに真正面から向き合う、読みやすいが奥深い本だ。

 

 特に印象に残ったのは、優しくある大変さだ。自分が余裕があるときでも、優しくあるのは難しい。それなのに、この作品は『自分が絶望しているときでも、人に優しく出来るか?』と問いかけている。優しい人だと信頼される方は、この問いにイエスと答えた人だ。なんて、険しい道なのだろう。

 

「誰にでも優しくしよう」

「それが、自分の為だよ」

 

これほど正しく、難しい言葉はない。優しくあるというのは、相手を選ばない。夢にみるほど憎んだ相手やその同類、顔を見るのも嫌な相手も優しくする対象に含めろと言うことだ。内心を偽ることは求めていない。憎んだまま、嫌ったままでいい。だが、どんな相手にもいたわりの態度でいることを求めている。しかも、自身が絶望しているときにも。

 

優しさは誰かの苦しみ、そんなときもある。

つくづくと実感させてくれる本だった。

 

ふと、家族を思った。本好きの人間に読むなと言うのは、優しさだ。私が嫌がるのをわかっていて、それでも元気でいてほしいから憎まれ役をしてくれている。子供の頃に見回ってくれた看護師さんも、美味しくないご飯を作ってくれた方も、病気を早く治してほしい一心で行動してくれたのだ。その優しさをないがしろにしている私は、ダメ人間でしかない。

 

ごめんさい。

もう少し、自分を大事にします。

 

無理はほどほどにしよう、痛感する一日になった。

 

 

優しくある、

これは最高難易度だ。

 

タスキメシ (小学館文庫)

タスキメシ (小学館文庫)

  • 作者:澪, 額賀
  • 発売日: 2019/11/06
  • メディア: 文庫
 

  

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】こんにちはって、どういう意味?

こんにちはって、どういう意味?

 

2019年11月29日 自宅

 

「こんにちは」

 

意味をわかって使っている人は、どれぐらい存在するのだろうか。

きっと、ほとんどの人は知らない。

 

今までの私と、同じように。

 

 

 さて、今日もベッド生活だ。昨日、一気に2冊ほど本を読んだ。結果、熱が上がった。そらみたことか、と家族にあきれられてしまった。笑ってない笑顔が怖かった。朝方には熱が下がったのだが、大事をとって寝転んでいる。今日は読む力から、少し離れた本を手に取った。

 

『日本のこころの教育』

 

元国語教師である境野勝悟先生が書いた本だ。禅の指導で有名な方でもある。『超訳般若心経』という作品が代表作だ。ご本人にお会いしたことがあるが、べらんめい口調の気さくなおじいさまだった。まさに禅そのもののような、常識破りな自由人だった。世間の国語教師のイメージから限りなく遠い。境野先生の講演会はいつも爆笑が巻き起こる。こういう方が学校の先生だったら、喜んで勉強する生徒だらけだろう。

 

ストレートでわかりやすい話をする境野先生が、高校生七百人に向けて二時間ほど話した内容をまとめた本、それが『日本のこころの教育』だ。読もう、読もうと思いながら後回しになっていた。今日は、この本に決めた。理由? なんとなくだ。

 

全部で200ページもない。

これなら、1時間はかからない。

家族の目を盗むにはちょうどいい。

 

おっと、

ぐずぐずしていると家族が帰ってくる。

それまでに読み切らなければ。

 

自分の体で入り口から本を隠しながら、

ページをめくった。

 

 

恥ずかしい。

言葉を知らない、自分が恥ずかしい。

普段、使う言葉の意味も知らずに生きてきたとは。

 

『日本のこころの教育』では、よく使われている日本語について、歴史を交えて語られていた。その中には、こんにちは、も含まれていた。この本を読むまで気づいていなかった。

 

なぜ、挨拶でこんにちはと言うのか?

こんにちは、この言葉は何をさしているのか?

気にしたことすらなかった。

 

字を書く生き物として、反省しかできない。

 

ちなみに、こんにちは、この言葉は太陽を表すらしい。夏目漱石氏の『坊ちゃん』のセリフにも登場するとある。学生時代に読書感想文まで書いたのに、見逃していた。恥ずかしさが倍増した。

 

どれほど、自分は言葉を適当に扱っていたのか。

何も言い訳ができない。

ただ、ひたすら恥ずかしい。

 

 帰ってきた家族に心配されるほど、しょんぼりと落ち込んでしまった。

 

どの言葉にも意味がある。特に日本語は、ひとつの言葉に多くの意味を持たせている言語だ。古代に使われた意味も、表には出てこないが消えたわけじゃやない。ひっそりと隠れているだけで、しっかりと残っている。読み方の研究をする前に、まず日本語について学ばなければ。

 

 基本の大切さを痛感する一日になった。

 

 言葉は民族の歴史そのものだ。

 多くの人の人生が、言葉には残されている。

 

日本のこころの教育

日本のこころの教育

  • 作者:境野 勝悟
  • 発売日: 2001/07/02
  • メディア: ハードカバー
 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】床の陥没は珍しくない

床の陥没は珍しくない

 

2019年11月5日 某所

 

「前に底が抜けてね」

 

自分だけじゃなかった。

すごく、ホッとした。

 

私は本が好きだ。ジャンルも発行元も問わない。同人誌はネットが普及する前、郵便小為替で購入だった頃から読んでいる。もちろん、書店で売っているようなISDNコードのついた本も好きだ。ペラペラのパンフレットも面白い。とりあえず、文字が表示されていれば食いつく。

 

電子書籍が手軽に利用できるようになった。おかげでスピース問題が解決した。それまでは、大変だった。押入れを占領して、親に怒られたことがある。親せきの倉庫に段ボール箱20個分を預けたこともある。古本屋さんに売った箱の個数は覚えていない。

 

これだけは確信を持って言える。ミカン箱と新聞紙が保存にはベストだ。持ち運びがしやすく、ジャンプコミックならすき間なく、他のサイズでも空きが少なく収められるミカン箱のフィット感は最高だ。新聞紙に使われているインクが虫を寄せ付けない。ホコリと日焼けと虫食い穴は新聞紙を敷き、本を入れ、一番上に新聞紙を置く。たったこれだけ防げる。10年たっても、本の劣化はわずかだ。だが、ミカン箱と新聞紙の黄金コンビでも防げないものがある。

 

本の重さ

 

これだけはどうにもならない。何度、床やタタミをへこませただろうか。どれほど柔軟な素材を敷こうと無駄だ。いずれ本の重さに踏みつぶされる。さすがに下の階に落ちるまで貯めたことはない。

 

『床を陥没させた人は少ないだろう』と思っていた。それは、間違いだった。Twitterの読書好きアカウントでは当たり前の現象だった。私だけが床を破壊しているのではなかった。まだまだ甘ちゃんだった。世の中には下の階まで貫通した強者もいた。私なんぞ下っ端レベルでしかない。

 

けれども、安心はできなかった。インターネットは同類が集まりやすい。そして、全員が本当のことを書いているわけではない。

 

その不安もすぐに拭い去れた。後日、まったく読書にかすらない会で仲間に出会えた。床を傷めた体験だけでなく、本屋で10時間以上の立ち読みでも意気投合した。本当に、床を粉砕する人は世の中に存在するのだ。

 

電子図書になって、私が床を攻撃する機会はほぼ無くなった。喜ばしいはずなのに、どこか寂しくもある。床に与えるダメージを和らげようと奮闘した日々がとても懐かしい。変わらないのは、財布に与えるダメージだけだ。

 

どんな思考だったとしても

同類は必ず存在する。

 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】書籍『孤篷のひと』に変化を学ぶ

書籍『孤篷のひと』に変化を学ぶ

 

2019年10月31日 駅ナカ

 

駅をぶらぶらしている。手元には200円引きのクーポン券がある。一部店舗で、今日まで使える。使わずに1日が過ぎてもいい。割引をエサに購入をあおる罠に引っかかるつもりはない。ただ、欲しいものが安く買えればラッキーだな。軽い気持ちでフラフラしてたら、1軒の店が目に入った。クーポン券を確認する。対象店舗だ。これは行くしかない。『どんな出会いがあるかな』、ワクワクしながら店に入った。

 

書店で使えると知った瞬間に、購入は避けられない未来になった。

 

棚をザっと眺める。この店舗は大きくはない。広めのワンルームほどの広さしかない。だが、置いてある本にこだわりがみえる。『今月の一押し!』などの紹介文も熱意を感じる。読んだ人にしか書けない文章が並んでいる。そのうちの1冊に目が吸い寄せられた。本を手に取り、本文を3ページほど読む。もう一度、手書きの紹介文を読む。うん、買いだ。軽い足取りでレジに向かった。

 

家に帰るまで、とても待てない。帰りの電車で本を開く。この書籍『孤篷のひと』は茶人、小堀遠州氏の語りで話がすすむ歴史小説だ。高校時代に茶道部だったのはお菓子目当て、そんな私の茶道の知識は浅い。最近、禅をきっかけに勉強を始めたが知らないことばかりだ。小堀遠州氏の名前もはじめて知った。

 

前知識はほとんどない。それでも、この小説は面白い。茶道の世界が舞台だが、描かれているのはどの世代も悩む事柄だからだ。

 

時代の変化に合わせる。

 

この言葉は、言うのは簡単だが行うのは難しい。書籍『孤篷のひと』では、戦国時代の代表的な茶人である千利休の教えを、どう戦のなくなった江戸時代に適応させるか。その苦闘が鮮やかに描かれていた。

 

新たな道を行く難しさ

周囲の人たちの無理解

自身の心の葛藤

 

ここに権力争いや、歴史の変動が加わる。こういう本を読むたびに思う。いつの時代も、人間の悩みは変わらないのだな、と。

 

時代に合わせるということは、これまでの自分を手放すことだ。自分が変われば、望む望まない関係なく、普段つきあう人たちが変わる。時代についていけない人たちがつぶれる姿を見るハメになる。「なんで、お前だけ助かるんだ」と恨まれることもある。元のままでいたいと願っても、時代の変化は止まらない。時代に合わせられなければ、溺れて消えるだけだ。

 

書籍『孤篷のひと』の語り手である小堀遠州氏は穏やかな人として描かれている。対比で出される千利休氏の苛烈さと鏡合わせだ。けれども、意志の強さはどちらも強い。まるで、時代に合わせて表への出し方を変えるだけだ。そう、訴えているようだった。

 

ちょいと暇つぶし、なんて気分で散歩しただけなのに。めったにお目にかからない良い本に出会えた。しかも200円も安く買えた。距離があるので頻繁には来れないが、あの書店は覚えておこう。これから時代がどれだけ変化しても、私の本好きは死ぬまで変わらないのだから。

 

時代の変化に合わせる。

それは、

手放すものと残すものを選ぶことだ。

 

孤篷のひと (角川文庫)

孤篷のひと (角川文庫)

  • 作者:葉室 麟
  • 発売日: 2019/08/23
  • メディア: 文庫
 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】書籍『共に生きるということ be humane 』で頭の固さに気づく

書籍『共に生きるということ be human』で頭の固さに気づく

 

2019年10月29日 自宅

 

「読め!」

 

映画狂の友人がある本をプッシュしてきた。珍しい。二言目には「映画に行こう」と言う。話す度に映画の名前を挙げる友人が、本の名前を先に言うなんて。明日は雪でも降るのだろうか。思ったことをそのまま伝えたら、怒られた。当日に映画館行きを誘う行動についてほのめかしたら、黙った。日ごろのお返しだ。

 

映画狂の友人はセンスがいい。数少ないすすめられた本に外れはなかった。実は、題名を聞いた時からワクワクしていた。早速、スマホで検索する。運が良いことに、電子図書で安売り中だ。ポチっと購入ボタンを押す。ダウンロードの待ち時間すらおしい。面白そうな本は1秒でも早く読みたい。活字中毒の業だ。

 

2時間ほどで読み終えた。

感想は『凄まじい』としか言いようがない。

 

日本でボケーとしている私に、想像の及ばない世界だ。書籍『共に生きるということ be human』は、死と隣り合わせの日々をシンプルな言葉でつづっている。生々しい表現はほとんどない。感情を荒げる表現もない。それが、逆に恐ろしい。押し殺された言葉の奥に、地獄につながるような深く重い闇が横たわっている。

 

つづられてる言葉は思いやりにあふれている。だが、多くの人を救うのはきれいごとできない。理想に届かない現実への苦悩がすべてににじみ出ていた。

 

語り手は元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏だ。多くの人を救い、称賛されている人物だ。だが、その言葉には自信を誇るところがあまりに少ない。むしろ、手が届かなかった人たちへの罪悪感や鎮魂の念を強く感じた。

 

緒方貞子氏は組織の改革者としても知られている。前例を打ち破り、慣例を打ち壊した人物でもある。勤められていた当時は、人種差別も男女差別も今よりも厳しかった。その中で組織を改革できた原動力、それは命を奪われた人たちへの償いの想いだったのかもしれない。

 

また、物事を成就するためのヒントをひとつもらった。

『手段を選ぶな!』ということだ。

 

ルールは守るものだ。これは、日常生活での原則だ。非常事態にすべてのルールを守っていたら、命を失ってしまう。例えば、水害時だ。すぐそこまで水が迫っている。急いで逃げなければいけない。横断歩道が赤信号だった。ここで交通ルールを守って信号待ちをしたら、水に飲み込まれてしまう。この場合は赤信号を無視して駆け抜けるのが正解だ。

 

その考えに至った時、なぜ友人がこの本を読めと言ったのかがわかった。

 

「あんたは頭が固すぎる」

 

私はよく友人に怒られていた。「ごめん」と謝りながらも、内心は納得していなかった。真面目で何が悪いのか。だが、書籍『共に生きるということ be human』で腑に落ちた。確かに、私は頭が固すぎたようだ。ルールを積極的に破る気はないが、もう少し柔軟に考える必要はありそうだ、と。

 

『柔軟に考える大切さを教えてくれて、ありがとう』の言葉と共に感想を伝えた。「へー、気づけたのか」「くそ真面目が少しでも変わればいいな」と言われた。イラっとしたが、今回は大目にみた。素晴らしい本を紹介してもらった代金と思えば安いものだ。

 

ただし、友人が次に横断歩道のない道を横切ろうとしたときは、腕ではなく首ねっこをつかもう。ダイジョブ、少し強めに引いてせき込んでも合法だ。危険防止措置で、裁判になっても私が勝つ。その時が楽しみだ。笑い去る友人を、穏やかな気持ちで見送った。

 

大木は竹よりも折れやすい。

 

共に生きるということ   be humane (100年インタビュー)

共に生きるということ be humane (100年インタビュー)

  • 作者:緒方 貞子
  • 発売日: 2013/12/03
  • メディア: 単行本
 

 

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【歩くリトマス試験紙の反応記録】志賀直哉作『暗夜行路』は美しい

志賀直哉作『暗夜行路』は美しい

 

2019年9月5日 自宅

 

「志賀直哉を読んだことがないだと」

「不勉強すぎる」

 

友人にバカにされた。その一週間後、志賀直哉氏の『暗夜行路』を貸してくれた。とんだツンデレである。本嫌いにはツライページ数だが、活字中毒にはご褒美でしかない。ありがたく受け取った。

 

暗い。

 

この時代の作品は明るい作品が少ない。そして『暗夜行路』も救いはない。主人公の目線で感じれば、救いがあると考えられなくもない。けれども、他人目線でみれば不幸な話だ。しかし、不思議だ。暗い話にまとわりつく粘りつくような重さがない。きっと、風景の描写や人の心が美しいからだろう。

 

主人公の人生は救いがない。しかも、救いがないのは自分のせいじゃない。自分のせいなら納得のしようもある。だが、起きた出来事のほとんどが不運だ。主人公にも悪い点はある。けれども、主人公の行動よりも環境や周囲の人たちがひどすぎる。

 

この内容ならば普通、息苦しい作品になる。けれども『暗夜行路』は読む手を止めるような鬱々さがない。主人公の苦悩に胸は苦しくなるが、同時に心を励まされる心地になる。

 

人の欲望や身勝手さに振り回されても、主人公はあきらめない。どうにか前を向こうともがき続ける。しかも、目を逸らさない。目を覆いたくなるような現実を受け止めている。

 

その主人公のひび割れた心をつなぎとめてくれる。

それが、行く先々の風景だ。

 

主人公が旅する先の風景描写がただ美しい。その地に足を踏み入れたと錯覚するほど、繊細かつ丁寧な描写だ。面白いと感じたのは、その対象だ。たいていの小説では、美しい場所となると有名所を中心にする。観光マップでオススメの場所に指定されるようなところを対象に選ぶ。『暗夜行路』はココでも違う。たとえ訪れても見逃してしまいそうな、目立たないものに美しさを見出している。

 

ときどき登場する心温まる交流のエピソードがいい。作品の中で人間関係のほとんどは機能不全というしかない。けれども、ふとした瞬間、真冬に、こたつに足を入れた時のようなエピソードが現れる。自分勝手な人が多いからこそ、飾らない優しさが主人公の心を和ませてくれる。読んでいるこちらも慰められる。

 

読了後に私が受け取ったイメージは、泥に咲く蓮の花だ。思いどおりにいく人生などない。ひどすぎる人や不運なエピソードを『暗夜行路』の中で探す必要もない。現実でも見ないふりをしたくなる事実は山のようにある。だからこそ、どんな苦難が襲ってきてもあきらめない、そんな主人公の姿に勇気づけられる。

 

明るい話ならば、ここまで美しさは感じなかった。ヘドロのように異臭を放ちそうな人のずるさが克明に描かれていた。その現実的ではないと否定したくなるほどの酷さが、主人公の諦めない心や手を差し出してくれた人の優しさ、そして自然の美しさをより輝かせていた。

 

『暗夜行路』は志賀直哉氏の繊細な描写力があってこそ、美しい作品となっている。もし描写力のない作家が描けば重苦しいだけの作品にしかならない。『暗夜行路』に丁寧に情景を描く大切さを教えられた。

 

志賀直哉氏の小説を貸してくれた友人には感謝の言葉しかない。ありがとう。また、いい本があったら貸してほしい。だが、これだけは言いたい。いきなり1,000ページ近い法律本や江戸時代に書かれた瓦本を同時に渡すのはいい。ただし、渡して10日目に「まだ読み終わってないのか?」と言うは勘弁してくれ。そんな早くは読めない。本を貸してくれたお礼に、何でも自分基準で考えない心得を伝えたい。スパルタな友人は有り難いが、ツラくもある。人生とは苦難の連続だ。

 

ギャップが物語の肝である。

 

暗夜行路 (新潮文庫)

暗夜行路 (新潮文庫)

  • 作者:志賀 直哉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1990/03/19
  • メディア: 文庫
 

 

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目標なんか、忘れちまえ!

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目標なんか、忘れちまえ!

  

「どうすればいいんだろう?」

 

私は悩んでいた。

 

「日本の歴史や文化、風土が好きだ。その魅力を伝える文章が書きたい。だが、知識が足りない。感性は、もっと足りない」

「まず、なにから学ぶべきかは気づいている」

「だが気軽に学べる、そんなものじゃない」

 

はっきりと見えているのに、手が届かない。そんな、耐え難いもどかしさを感じていた。

 

 

私は日本の歴史が好きだったおかげで、5年間の寝たきりから復帰した人間だ。幼稚園の頃から、筋金入りの歴史好きである。読んだ本の冊数は少なくても、300冊は超える。だが、正式に学んだ経験がほとんどない。高校までは、卒業している。だが身体が弱く、学生生活12年の半分は休んでいる。高校生の時ですら、50日以上も休んだ。保健室登校も数え切れないほどある。歴史の授業は三分の一も出席していない。知識は山道のように穴ボコだらけである。

 

そんな私でも、わかることがある。日本を支える土台のひとつ、それは禅(ぜん)だ。アップルのトップだったスティーブ・ジョブズ氏が学んだことで、海外でも知られている。わび・さびの思想も、禅から来ている。日本を紹介するなら、禅は欠かせない。

 

だが、学ぼうと思った瞬間に、悩みが降ってきた。どこで学べばいいんだ。禅への入り口講座なら、あちこちで行われている。けれども、私が学びたいのは、禅の思想である。入り口では、満足なんてできない。

 

京都の禅寺に行こうかな。そんな考えをネットでつぶやいた私に、尊敬する歴史作家である白駒妃登美さんが教えてくれた。

 

ちょっと、待って。

禅を学ぶなら、この方から学ぶのがいい。

私の恩師なのよ。

 

境野勝悟氏

 

どんな方かは知らなかったが、日本中で歴史についての講演を100の単位で行われている、白駒妃登美さんが恩師と呼ぶ方だ。きっと、禅の道を極めた素晴らしい方に違いない。本を30冊ほど、出版されているらしい。まずは代表作である『超訳 般若心経』、そして最新刊の『芭蕉のことば100選』を読むことにした。

 

泣いた。

悲しくないのに、涙が出る。

 

初夏の風が吹いたかのように

心地よい感覚だ。

 

生きる喜びと尊さが、文章のすべてに込められていた。赤ちゃんを抱っこするかのように、日々を大切に愛しんでいる。変わらないものと変わるものを、子供のような素直な心で見つめ、生きることを楽しんでいた。

 

振り返って、思う。私は、今を生きているのだろうか。過去や未来に囚われて、現在が見えていないのではないか。この瞬間を、大切に生きているのだろうか。大事な人たちとの時間を、適当に考えてはいなかっただろうか。できているとは、思えなかった。

 

過去の経験は、自分の土台だ。夢や目標は、自分の道標だ。だが、生きているのは、生きられるのは今だけである。

 

今を大事にできないなら

目標なんか、忘れちまえ!

 

そんなことより

大事なものがあるだろう!!!

 

穏やかに清流のごとく流れる文章なのに、燃え盛るかがり火のような情熱が伝わってきた。『水のように生きる』を軸とする禅の本で、火の熱さを感じるのは驚きだった。

 

日本を深く知るために禅の本を読んだのに、自分自身のダメさ加減を知ることになるとは、晴れ渡った空から雪が降ってきたかのような衝撃である。最近読む本は、ことごとく自分の未熟さを、首元に刀を当てるかのように突きつけてくる。ありがたいが、同時に恥ずかし過ぎてたまらない。

 

恥ずかしさは、これだけではなかった。境野勝悟氏は禅寺で有名な鎌倉にある円覚寺、そこで僧侶ではないのにお坊さん相手に定期的に講義をされるほど、すごい方だった。禅を学びたいのに、知らないのはありえない方だった。自分の不勉強がいたたまれない。考えられない無知を責めずに、優しく教えてくださった白駒妃登美さんには、感謝の気持ちしかない。「ありがとうございました」

 

未熟すぎる私とは違って、境野勝悟氏の著作は素晴らしかった。2冊の永久欠番、そして他の作品28冊も読むことが決定である。そろそろ部屋の面積と重量、そして財布が危険水準だが、嬉しい悲鳴である。

 

これから、することは決まっている。『超訳 般若心経』と『芭蕉のことば100選』の世界へ、再び訪問することである。先ほどの読み方では、味わい方が甘かった。そして、気づいてしまった。他の本も、今なら新たな発見があるのではないか。

 

嬉しい悩みが、また増えてしまった。

今を生きるって、幸せだ。 

 

芭蕉のことば100選: 深くて、面白くて、ためになる (知的生きかた文庫)

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『病院スクランブル』 本好きは、想像たくましい

 

『病院スクランブル』 本好きは、想像たくましい

 

2019年3月24日 電車

 

今、私は電車で本を読んでいる。スマホで読書の時も多いが、今回は紙の本だ。目に優しいのは紙の本、重さと場所を気にしなくて良いのが電子図書、状況に応じて使い分けている。

 

カバンに本1冊、スマホに電子図書30冊を最低でも持ち歩く私は、自他ともに認める活字中毒だ。先日「文章を読まないと、落ち着かない。本がない時はチラシやメニューでしのぐ」という発言に、「自分もだ」と答えが返ってきて歓喜した。普段は苦笑いされるだけで、同意の声はない。だから、とても嬉しかった。

 

そんな文章オタクの為、よく聞かれる。

「本を読むメリットってなに?」

 

ぶっちゃけると、メリットなんて気にしたことがない。好きだから、でもない。もはや呼吸と同じ、習性である。そんなことを、正直に言うわけにはいかない。

 

なので、いつも他人の発言を引用している。「あなたって、~得意よね」と言われた中から、読書が影響を与えた能力を上げる。読書で最も上がった能力は、想像力だ。

 

漫画や映像と違い、本には絵も音もない。物語なら、頭の中で世界を想像しなければいけない。風の音、水の流れ、火のゆらぎ、土の温かさ、すべてを自分の頭で作り上げなければいけない。実用書や学術書でも、想像が必要な場面はある。人間心理は、そのいい一例だ。だからこそ、本の世界は作家と読者の共同作品でもある。

 

本を読む人は多い少ないの差はあれども、想像力を必ず使っている。それは読書で身につく他の能力、読解力や論理性や記憶力よりも、人生に大きな影響を与える。

 

人生の問題の多くは、正解がない。答えのない問を解く上で、想像力は必須である。

 

 

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令和最初の日は、文章道の険しさに立ちすくんだ

 

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令和最初の日は、文章道の険しさに立ちすくんだ

 

「決めた」

 

今度は、悩まなかった。

 

「平成最後の日は、天狼院書店の池田さんに紹介してもらった、未読の本を選んだ」

「ならば、今回は逆にしよう。選ぶのは何度も読み返した、令和に関わりのある本がいい」

「そんな本は、1冊しか持っていない」

 

令和最初の日に読む本は、あっさりと決まった。

 

私は本が好きだ。最近は、1日1冊ペースで読んでいる。そんな私にとって、令和最初の日に読む本を、いい加減には選べない。その真剣さとは裏腹に、読む本はあっさり決まった。この時代の節目に、歴史関連の本以外を選べなかった。どの歴史の本にするかも、頭にぱっと浮かんだ。万葉集、ではない。

 

お恥ずかしながら、我が家には万葉集の本が無い。元号が変わる前に買っておけばよかったと後悔したが、無いものは仕方がない。代わりに、同時代に歴史に現れた古事記を題材にした作品『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』を選んだ。

 

『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』は、神話が「本当にあったことか、どうか」を語る本ではない。千三百年前に日本中から集められた神話が「日本の歴史にどれだけの影響を与えたか、そして現代人が学べることはなにか」を語る本だ。

 

『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』は語っている。日本人が大切にしてきた心は、素直、決断、思いやりだ。素直な心で、ありのままに現実をみる。困難に立ち向かうと、決断する。思いやりの心で、すべてを大事にする。この3つが、大和心だと語られていた。この本をはじめて読んだ時、ありのままという言葉が、矢のごとく心を貫いた。素直な心を持てているだろうか、いや持てていない。それならば、自分は現実を、ありのままに観ていないんじゃないか。

 

私は反省した。そして、知識や経験で考えるのをやめた。まずは、あるがままに事実を観ようとする。事実を観た後に、知識や経験を加えて、情報に変える。クッキーに例えるならば、小麦粉やバターなどの材料、知識や経験は砂糖などの調味料、情報は焼きあがったクッキーだ。

 

”ありのままに観よう”という考えに切り替えたら、人間関係のトラブルが一気に減った。家族との意見の食い違いは、驚くほど減った。ふわふわ毛の猫が水浴びした後、ほっそりするぐらいの差だ。

 

スキップしたくなるような結果に、私は喜びを抑えられなかった。他にも得られる知恵はないかと、何度も読み返した。そして、決断と思いやりの大切さも学んだ。それで、止まってしまった。

 

まだ、学べることがあるはずなのに

自分にはわからない。

 

読むのを、やめるしかなかった。自分が成長しないと、これ以上の学びを『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』から得ることができないと、察したからだ。それが3ヶ月前の話である。

 

令和最初の日に、再挑戦する。

 

まだ、早すぎるかな。

 

だめなら、また読めばいいさ。

 

ほとんど負け戦の気分で、最初のページをめくった。

 

予想に反して、新たな学びを得た。まさかの勝利である。だがそれは、苦い勝利だった。今回の読み返しで得たのは、道という生き方だ。

 

全戦全勝の、だれも勝てない存在になっても終わりではない。今の自分を超える挑戦は、人生が終わるまで続く。柔道、剣道、弓道などの武道、茶道に華道に香道など芸術だけでなく、すべての生き方に道がある。そんな、考え方だ。

 

私が道の生き方をするならば、文書道しか思い浮かばない。ここで、気づいてしまった。毎回、「昨日の自分を超える」という想いで、文章を書いていただろうか。とても、肯定はできなかった。文章力を上げたいと願っていただけだ。自分の甘さが、恥ずかしくなった。

 

今の私に、文章道は月のごとく、触れることすらできない存在に思えた。だが、永遠にたどり着けないわけじゃない。時間をかければ、失敗を乗り越え月面着陸をしたアームストロング氏のように、踏みこめる可能性は0じゃない。少なくとも、今の自分のダメさに気づけた。

 

令和最初の日に粉々になりそうなダメージを食らうとは、思ってもみなかった。穴を地下60Kmまで掘ってマグマに飛び込みたいほど、居たたまれない気分だ。それでも、『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』を選んで良かった。

 

一生の目標ができた。

 

文章道はエベレストのように険しく、どれだけ歩んでもゴールはない。だからこそ、ずっと楽しめる。人生最後の日に、エベレストを制した登山家のように、いい笑顔で旅立てそうだ。

 

そんな未来を描かせてくれた『古事記が教えてくれる天命追求型の生き方』と著者の白駒妃登美さんには、感謝の言葉しかない。令和最初の日に、素晴らしい贈り物を頂いた。

 

「ありがとうございます」

 

 

 

天命追求型の生き方

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『病院スクランブル』 第59回 価値は物々交換

 

第59回 価値は物々交換

 

2019年3月7日 自宅

 

ネット小説を楽しんでいたら、12時を回っていた。やはり小説はいい。体力と精神力が、見事に回復した。しんどい時は寝るか、好きなものを満喫するかの二択である。

 

ちょうどいい時間だ。友人に読み比べた『心療内科に行く前に食事を変えなさい』『うつ消しご飯』の違いと共通点を伝える。

 

”『心療内科に行く前に食事を変えなさい』は実践派好み、『うつ消しご飯』は研究派好みで、鉄分とタンパク質が大事だという基本は、どちらも同じだったよ”

 

2時間後に、返事をもらった。

 

”基本が同じで、ホッとしました。ありがとう”

 

こちらこそ

知らない本を教えてくれて、ありがとう

 

私にとって、本はケーキのようなものである。知らなかった美味しいケーキ屋さんを、教えてもらった時のように嬉しい。似たような本でも、まったく問題がない。同じチョコケーキでもパティシエが違えば、見た目も

味も違うように、本も著者が違えば主張は同じでも視点が違う。同じ内容でも、違った視点で考えれば新たな発見がある。

 

好物の食べ比べを、しない人がいるだろうか?

 

私は喜んで、いつも読み比べの依頼を受ける。相手は時間が節約できて嬉しい、私は新しい本の情報が入って嬉しい。Win-Winの関係である。

 

頼まれごとすべてが、負担なわけではない。片方に負担がかる関係は、いずれ破綻する。自分も、相手も嬉しい状態にするのが、いい人間関係を長続きさせるコツである。それを見つける方法の第一歩は、自分をしる事である。自分の”好き・楽しい・得意”がわからなければ、何が負担になるかがわからない。

 

私にとって、それが文章である。文章が絡んでいる限り、幸せ気分だ。活字中毒者には、大好物のカタマリにしか見えない。

 

自分が幸せだと感じることで

相手に喜んでもらえる

 

これが必勝パターンである。ある意味、価値の物々交換である。それぞれ好きな分野が違うからこそ、Win-Winが成り立つ。好みが同じなら、取引が始まることすら無い。

 

人参と、人参を交換する人がいるだろうか?

 

人参と米、人参とりんごなど、違った物が欲しくて交換が始まる。価値の交換も同じだ。みんな提供できるものが違うからこそ、素晴らしいのだ。

 

 

 

心療内科に行く前に食事を変えなさい

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うつ消しごはん―タンパク質と鉄をたっぷり摂れば心と体はみるみる軽くなる!

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